<朝のラジオ体操>
新しい朝が来た希望の朝が…
朝のラジオ体操は、果たして近所迷惑なのか、 専門家に聞いた、うるさいと感じる人の心理状況が奥深いという。
夏休みの間、ラジオ体操の爆音を何故、聴かなきゃいけないのか。
自宅のすぐ前の道路や、広場で、ラジオから流れる号令に合わせて体操する。
朝のラジオ体操は近所迷惑なのかという論争が、とある所であったという。
<容認派の声>
「別に1日中やっているわけでもないし…」
「夏の風物詩みたいなもの」
「そのくらい許してあげなよ」
など、寛大な心理が現れている。
<反対派は>
「早朝から寝始める人のことを考えてほしい」
「別にみんなで集まってやる意味はない」
などの主張。
意見が真っ二つに分かれている。
<音への関心が今と昔に相違>
ラジオ体操は、特別珍しいわけではない。
これに対する苦情も同様だ。
ただ、昔と比べて音に対する考え方が変わってきている様だ。
騒音問題総合研究所の代表のSさんは騒音トラブルなどについて、平成に入ってから、近隣が出す音に対しての苦情件数が増えてきたという。
例えば、マンションなどでの上階から響く足音。
最近は、これ以外にも聞こえる音は、何でも苦情対象になっている様だ。
つまり、声と音と騒音の区別がない時代になってしまっている。
<騒音とは異なる煩音>
それが今回のラジオ体操にも当てはまるという。
昨今、除夜の鐘がうるさいから突くな、田んぼの持ち主にカエルの鳴き声がうるさいからどうにかしろというクレームが入ったりと、めちゃくちゃな道理を輩もいた。
Sさんは、こういった音は騒音ではなく煩音と呼び、音がさほど大きくなくても、自分の心理状態や相手との人間関係などで音を煩わしく感じてしまう音なのだという。
<不安定な社会や音に敏感な世代>
煩音が生まれた要因は色々あると言い、平成10年あたりから音に対する苦情件数は、5年間で2倍ほどのペースで増え、この時期からマンションなどの集合住宅での居住者が増えたことも重なり、そういった、音に対して敏感な住環境で育った、他人に対して厳しい世代が今の社会の中心になってきているからではないかと結論付けている。
又、現在の不安定な社会も影響しているという。
ラジオ体操などをうるさいと感じる人は、特定の個人に対してというよりも、自身の中にある不安や閉塞感が原因となっている、そんな心理が伺える。
<まとめ>
このような騒音トラブルの解決法はあるのか…
社会から不安がなくなって、みんなが幸せを感じる以外ない。
可能な限り、隣近所との人間関係をうまく築き、フラストレーションをため込まない生活を目指すのが近道だろうと見解している。
みんなが笑顔で暮らせることを願う。