人間の心理

心理学から紐解く人の心理

眼精疲労に草木の緑

<緑を見ることは目の保養>
 昔から緑色は目に良いと言われ、青葉繁る木々を見ることで、スマートフォンやパソコンで疲れた目も癒される。

何故なら、緑色は人間にとって最も見やすい色だからそうで、目が色を知覚する仕組みからも、緑は目に良い色とされている。

人間は、光によってモノを見ており、光の性質のひとつに、波長がある。

可視光線の中で真ん中あたりの波長の色が緑。

これが、緑色が目にいいとされる理由のひとつ。

波長の長さが中間にあることで、波長の長いものや短いものに比べて、目に負担をかけずに知覚することが出来るというもの。

<目の緊張を緩める心理的効果>
その他、色彩心理学においても、緑色は気持ちを安定させ、心や体の緊張をゆるめる効果があるとされ、体の緊張がほぐれれば、目も筋肉も緩みやすくなる。

緑色は、心理的な作用として、目の緊張をほぐし、その疲れを癒してくれる効果も期待出来る。
疲労回復効果がさらにアップするのは、遠くの緑を見ている時。
自然が織りなす緑を堪能しながら、その際、目の前の木々や草花の緑を見るだけでなく、出来れば、遠くの緑を見る様にする。

近くよりも、遠くを見る時のほうが目の筋肉が緩み

、日頃の目の疲れの解消に繋がるからだ。

<ピント調節と毛様体筋>

モノを見る時には、水晶体と呼ばれる、カメラでいうところのレンズにあたる部分の厚みを変えることで、ピントを調節をしており、その際に使われるのが、毛様体筋という筋肉。

近くにピントを合わせる時は、毛様体筋を収縮させて水晶体を厚く、遠くにピントを合わせる時は、毛様体を緩めて水晶体を本来の厚さに戻すといった具合。

つまり、近くを見ている時より、遠くを見ている時のほうが、毛様体筋は緩んでいる。

スマートフォンやパソコンを見続けた後、ふと遠くを見ると、目が楽なったように感じになるのは、この様な目の仕組みによるもの。

<まとめ>

観葉植物が目に良い理由は、目の負担を和らげ、加湿効果があるから。

目の負担が和らぐのは、植物特有の緑色は目への負担が最も少ない色。

植物の緑色から発する波長は網膜への負担が少なく、眼精疲労の緩和に効果が高いから。

観葉植物の中でも、華やかなものや斑入りのものではなく、シンプルで落ち着きのある緑のほうが視覚疲労緩和の効果がみられる傾向がある。

観葉植物を自分から遠くに置くのも効果的で、植物を遠くから見ることで、目のピント調節で使う毛様体筋も緩まり、目の疲労軽減効果もさらに期待出来る。

植物には、二酸化炭素を吸って新鮮な酸素を出してくれる空気清浄機能がある為、加湿効果がある。

つまり、酸素だけでなく水分を出す蒸散という機能があるからで、観葉植物は天然の加湿器としての役割も果たしている。

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過保護が作る虚弱体質

<虚弱体質な人の特徴>
虚弱体質とは、先ずやる気が出ない。

そして、疲れやすい、元気がない、食が細く胃腸が弱い、風邪をひきやすいなどの特徴をもつ体質のこと。無理がきかなかったり、体力や集中力が足りなかったりして、日常生活に影響を及ぼすこともある。

<虚弱体質の体力をつけるには>
適度な運動、つまり軽い運動などを行うと血流が良くなって新陳代謝が促され、疲労回復につながる。

他に、夕方に運動して体温を上げておくと、眠る頃には、体温が下がり睡眠の質向上に役立つ。

虚弱体質の場合、予備体力が無い為、最初から頑張り過ぎず、ストレッチやウォーキング、ヨガなどから始めてみるのも良い。

<虚弱体質は改善出来る>
虚弱体質では血液検査や画像検査をしても実は何の異常も見つからない。

貧血や白血球が少ないなどの異常はあっても医学的な治療をすることは困難。

その為、体質改善として生活習慣の見直しや先に述べた体力トレーニングをすると良い。

<子どもの相談の大半は虚弱体質の改善>

これといった特別な病気はないのに体が弱く、やせ型で血色が悪く、根気がなく、毎月のように風邪をひいては学校を休んだり、生まれた時から病院通いが絶えないといった子ども。

年中、頭痛や腹痛を訴え、神経質で泣いたり怒ったりしやすい、疲れると吐く、湿疹が出来やすいなどもよく聞く。

原因は体質的遺伝もあるものの、大多数は育て方の誤りだという。

チョコレートや菓子類、コーラのような甘い飲食物を与えすぎず、偏食させないで良く運動させて、過保護にしない様にすることが肝要。

<まとめ>

最近は、特にカルシウム不足が多く見受けられ、イライラしたり人をいじめたりすることも報告されており、先に述べた通り、砂糖を多く含むジュースや菓子類は骨のカルシウムが溶け出してしまい、体や精神の成長を妨げる。

成長時には舌に良いものならぬ、体に良いものを食べさせるべき。

例えば、東洋医学には古人の知恵で医食同源という聖句がある。

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子どもを潰す親は夫婦仲が悪い

子どもを潰す親”に共通するのは

<親の機嫌”が子育てに与える悪影響の深刻な実態>

夫婦関係の機嫌次第で、 子どもの育ち方は変わる。

子どもが学ぶ人間関係の第一歩は、親の夫婦関係にあり、子どもを潰してしまう共通するパターンは夫婦仲が悪い。

子どもは毎日、親の機嫌ややりとりを見て、人間関係の基本を学ぶ。

夫婦が機嫌よく過ごし、違いを認め合う姿は、子どもにとって人間関係の理想的なモデルとなる。

子どもの個性を伸ばすも潰すも、その決定的な違いは夫婦関係の良し悪しで決まる。

<期待よりも親がすべきこと>

わが子の才能や個性を輝かせたいと願って、声かけや築いている親子関係が、実はその芽をつぶしてしまっているかもしれない。

親が意識してごきげんを保つことは、子どもの健やかな成長を支える最も大切な要素の一つ。

夫婦関係が子どもに与える影響と、日々の機嫌を保つための心がけとは。

子どもは、夫婦関係を毎日見て、感じて、理解する。

子どもが学ぶ人間関係の基本は、親の夫婦関係。

だとすれば、人のあり方を親から学び、人間関係は夫婦から感じ取って行く。

「大人になる」とはどういうことなのか。

機嫌が悪くなることなのか?

機嫌が良いものなのか?

大人の人間関係はごきげんな関係なのか?

大人になると、人間関係はごきげんなのか?

子どもは毎日、これらを見て感じて理解して行く。

ならば、たとえ父親や母親がそれぞれ違う価値感であっても、ごきげんでいることに価値を持っているのかだけは共有していなければならない。

<何故機嫌がい良いことに価値がないといけないか>それは、その夫婦にはごきげんな関係は生まれないからで、機嫌がいいことに価値があるので、たとえ夫婦間に、子どものことや、それぞれの仕事や生活で不機嫌な原因となる事象がたくさんあったとしても、機嫌がいい関係を保持しようとする。

夫婦関係をごきげんに保つコツは、具体的には、人は関係が近いほど、脳の認知機能により、同じような感情や考えであってほしい、同じであるべきだと考える傾向がある。

夫婦だから全て同じだと思い込めば、そうではないことは目についてしまう。

そこがきっかけになり、機嫌が悪い関係を生み出しやすくなる。

共通の価値観があるからこそ、夫婦になっている。

でも夫婦で全て同じであることはほぼ皆無。

つたり「同じ」を強要せず「違い」を許容し合うことが、基本的な人間関係の質を維持する重要な考えだ。それがやがて社会に出てもダイバーシティインクルージョンなあり方を育むことに繋がる。

<御機嫌の価値は同じであってほしい>

子育てや生き方の中で同じ価値が大前提で結婚していることを否定は出来ないが、質の高い夫婦関係を維持しながらの子育ては「違い」を理解していく努力の上に成り立っていることを忘れてはいない。

機嫌のいい両親の元に育つ子どもは、圧倒的に心理的安全性が担保されると言える。

<家庭事情に関係なく出来る大切なこと>

いろいろな理由や事情によりシングルマザーやシングルファーザー、他にも様々な理由で子どもの環境も多様な家庭がある。

だから、決して全て当てはまらないが子どもは、自分に近い大人がつくり出す人間関係に影響を受けて学ぶことに変わりない。

近くにいる大人が機嫌良く生きているか、他者との関係で違いを認め合って、多様性と包含的な関係を生み出しているか、これらを見て感じ取っている。

その関係構築に、経済的な差異は関係なく、人間としての他者に対する考え方の表れだから、意識すれば、少なからず誰でも出来るはず。

<今からでも始められる御機嫌関係の築き方>

それはズバリ「感謝」という言葉がキーワード。

それは、人間関係の質を維持するために意識しなければならないことのひとつだからだ。

人は、他者に文句を考え、文句を創り出していく習性があり、この習性も認知的な脳機能が背景にあり、これに任せていると、文句により、互いの人間関係が悪化しやすくなるという。

ならば文句の反対が文句を言わないと考えるのかといえばそうではなく、意識的に感謝するということ。

感謝することを意識して、近い関係の大人同士で感謝を見つけて、お互いの関係を構築ふる。

この姿勢が、ごきげんな関係にとって重要になる。

<まとめ>

先ずは夫婦間、親子間での感謝から、ありがとうの声かけから始めるべし。

その姿勢を子どもは見て無意識に学んで、他者との関係を学んでいくことになるのではないか。

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腫れ物に触る様な扱いは避けるべし

<教員は子どもや保護者とどう向き合うべきか>

学校の教員は、子どもが心の病に罹ったらどうすれば良いのか。

そんな時、先ず避けたいのは、腫れ物に触るような扱いだろう。

突然態度を変えられるのを子どもは一番嫌がりる。

ただ、教員が子どもの心の病の原因の1つである可能性を否定しきれない場合は、教員の接し方が威圧的に良くないか、もしくは自由を与え過ぎていないかの見直しをする。

つまり、保護者同様に教員も子どもに与える自由とコントロールのバランスが大切。

<じっくり話を聞き時間を有効に使う>

時間を取って子どもの話をじっくり聞いてあげることとが、子どもの心の病の緩和に繋がる。

ある男性は、高校を辞めた後の苦しい期間に中学時代の先生方に何度も何度も話を聞いてもらい、専門家としてその当時を振り返り、どれだけ助けになっていたのか実感したという。

ただ、注意したいのは、先に述べた通り、子どもの心の病は、家庭環境が影響していることが少なくないので、教員と保護者は、学校と家庭の子どもの状態をできる限り共有し、子どもへの接し方で見直せるところをお互いに指摘し合えるような信頼関係を築くことが理想的。

<カウンセラーではないという理解も必要>

先生方の多忙な現状は、向き合う時間を考えると難しいことは重々承知だが、学校が保護者に優しく寄り添いながらも変化を促せると、子どもの心の状態が改善出来るという。

一方で、教員はカウンセラーではないので、治療はできないと保護者に理解していただくことは大切。

また、学校などに責任を丸投げする保護者には、子どものために断固たる姿勢で接し、責任所在を明白にするなどの線引きも必要。

校内の連携としては、教員も自分は心の病を治療する専門家ではないことを理解し、スクールカウンセラーに子どもの学校での様子をできる限り共有するべし。

<情報不足は治療を遅らす>

スクールカウンセラーが教員から情報をもらえないという声をよく聞く。

おそらくこれでは心の病の治療が難しくなる。

子どもによっては、心の病の原因が担任でなくても、担任以外の教員に心を開きやすいこともあり、その際、担任はあまり自責の念を強く持ち過ぎず、その子どもが接しやすい先生と連携を密に取ることが大切。

<まとめ>

子どもは、親の期待を背負って学校に来る。

子どもは、どんな親でも親を愛するように設計されて生まれてくるもの。

学校は同じ年齢の子供が集まりその中でもいわゆる勉強や運動、今や人間関係能力まで比較に晒される。

そこでうまくいかないことはとても苦しい。

不登校の根っこはそこに収束すると私は思う。

不登校の最大の原因は、あくまで全部ではないが、親だろう。
休ませたら親である自分たちの負担が増えるから学校に行かせるのは良くあること。

子どもは、少しで良いから寄り添って欲しいもの。

共感してヨシヨシしてほしい。

それだけで十分ではないか。

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子どもが病む時と学校

<心の病は学校は休ませるべき?>

最も多いのはGW明けにこの傾向が増える時。

これは、かなり判断に迷うことがある。

ただ、学校を休ませるべき基準は実は明白だという。それは、いじめで苦しんでいる場合と、もうひとつは教員からの体罰で苦しんでいる場合。

何故か日本社会は加害者に対して確固たる厳罰が与えられない、それどころか加害者を守ろうとする傾向が強く、被害者ばかりが損をしがち。

つまり、子どもの心身を守ることを最優先する為には、すぐに学校を休ませるべきだという。

<いじめや体罰そして不登校

心の病に対しては、いじめと体罰以外で心身の危険がなければ、保護者や先生がどう接すれば、子どもが登校できるかというスタンスを取るべきで、何故なら、人は生きていれば何らかのストレスを受けるものであり、ストレスとの向き合い方を学ばなくてはいけないからだ。

例えば、不安障害や適応障害の不安型だと、段階を踏んで少しずつ不安やストレスと向き合うべきで、完全に休ませると、不安やストレスとは向き合わなくても良いという非現実的な社会への理解に繋がってしまい健全な不安やストレスとの向き合い方を学べず、長期間の不登校に誘いかねない。

重度のうつ病でも、保護者や教員は登校させるというスタンスを変えるべきではない。

一度休むと長期的に休んでしまうことが多く、うつ病が悪化してしまうからだ。

ただし、自殺の危険性が高く、なおかつ登校が自殺のトリガーになりかねない場合は、学校を休ませて治療に専念させるべき。

一方で、社会との関わりがなければ、うつ病の改善は難しいので、ある程度の安定がみられるようになったら登校させる。

<遅れを感じる日本の対処は法>

日本の精神医療、心理学の後れを如実に表している、その多くは、ストレスとなり得るものを取り除けば良いとする対処法。

更に近年、子どもがつらいと言うから休ませるという保護者の対応も当たり前となり、ただそれも必ずしも正解ではないという。

子どもがやるべきことを放棄させないことは基本的には保護者の責任。

子どもの脳は未発達で大人のように論理的には考えられないことを理解した上で、慎重に判断する必要。

子どもの主張を受け入れ過ぎると、保護者は徐々に権威を失い、子どもはさらに言うことを聞かなくなり、不登校になってしまう。

<子どもが心の病に罹患と保護者に多い3つの特徴>

子どもが心の病で苦しんでいる主な原因は家庭にあるということを大前提に考えると、保護者が変われば子どもの心の病が治ることも多いのではないか。

保護者が変わるとは、一体どういうことなのか。

先ず子どもの罹患を受け入れることが重要。

でなければ、反省できず結果として何も変わらない。特に子どもが心の病に罹患している家庭には次のような特徴が多く見られる。

①保護者が子どもの話を聞いていない。
②子どもに厳しすぎる、あるいは甘すぎる。
③保護者がコミュニケーションの問題を抱えている。

多いのは、保護者からのリスペクトを感じられず、心の病の主な原因になること。

①で大切なこと→子どもの話をじっくり聞くこと。ただ単に頷かず、子どもの感情に合わせて感情表現をし、聞いたことを要約して理解が正しいことを確認する、携帯を片手にではなくしっかりと話を聞く姿勢で聞いて、自分の考えを押し付け過ぎず、様々なことに気を付ける。

②では→子育てを見直すことも大切。

子どもの心は、保護者が厳しさと甘さ、両方のバランスをうまく保って初めて健全に成長する。

厳しすぎれば自由が奪われ、自分の人生をコントロールできていない感覚に陥り、逆に甘すぎれば必要以上に人生をコントロールできる錯覚が生じ、心の病の原因になる。

③はどうか→やはり改善が必要で、保護者が2人以上いる場合は、保護者間のコミュニケーションを見直し、特に男尊女卑が目立つ関係は、男性がコントロールし過ぎるのでコミュニケーションを難しくしてしまう。

<まとめ>

どの親御さんも、手塩にかけて育てた我が子を立派に、真っ当に、と理想は高く気になるところ。

ただ、本当に子どもと向き合えているのか、親とその子といえど、子どもは親の知らないところで、いろいろな刺激を受けて、感受性持高まり、時として思いもよらぬ考えを発する時がある。

先に挙げた①②③は日頃から頭の片隅に置いて置きたい教えで、これを忘れずに冷静に子どもと向き合い、心のケアを忘れずにしたい。

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滝山病院虐待事件

<精神病院で起きた虐待の真相>
東京都八王子市にある滝山病院、現在は希望の丘八王子病院、ここは病床数288の精神科病院だった。

しかし2023年2月に、内部告発をきっかけに患者への殴る・蹴るなどの虐待が発覚。

人工透析などもできる精神科病院として半世紀に渡り地域医療を支えてきたが、その実態は患者を殴る蹴るは当たり前、死亡退院率は6割を超える異常。

まるで現代のアウシュビッツの様な劣悪な環境だったという。

<滝山病院虐待事件とは>

滝山病院の内部告発があった、持ち込まれた音声や動画には、看護師などの病院職員から、殴打され、悲鳴を上げる患者の姿だった。

死亡退院率6-8割という異常は必要悪ではない。

一般の総合病院では、精神科病院への入院歴があると、内科的な疾患があっても入院を拒否される。

東京23区は、多摩地区の精神科病院を「便利」に活用してきたという背景がある。

滝山病院は、どんな患者でも受け入れることから、自治体のソーシャルワーカーから紹介された生活保護受給者の入院が多かったという。

人口透析も行っていたから、この死亡退院率を必要悪ではないかといわれるが、実際、透析が必要な患者は4割しかおらず、6割は精神疾患精神疾患も腎臓疾患でもない患者だった。

つまりこれは、一般的な精神科病院の死亡退院率は2~3%なので、滝山病院の死亡退院率6~8割という数字は異常なことになる。

<ボロボロの病院で起きていたのは>

統合失調症で20年に渡り同医院に入院していた患者の退院支援で、初めて滝山病院を訪れた人の証言では、虐待されるグループとされないグループで病室が分かれていた。

訪問した時は、人里離れたボロボロの病院に驚き、一般の精神科病院には、外来があり、症状が悪化した際に入院となるが、滝山病院では、患者への面会を求めると、面会室すら無く不衛生な倉庫のような場所で面会をしたとという。

面会した患者は殴られていなかったが、コップもなくトイレの汚い蛇口からしか水が飲めないと窮状を訴え、医療従事者からの暴行が常態化していることが分かった。

<笑顔で車椅子に乗る患者を連れた来た看護師>

車椅子に乗った患者をニコニコと連れてきた看護師も、内部告発映像では患者を虐待していた。

恐ろしいと感じたのは、殴っていることを隠そうという気はあっても、罪悪感を持っていないことだった。

手のかからない「虐待されていないグループ」と、手のかかる「虐待されるグループ」で病室とは、

一見、手のかかる精神疾患の人というと、暴れるステレオタイプのイメージがあるが実際には、大人しく、滝山病院では、入院3週間目までに薬漬けにして、寝たきりの状態にしてしまう為、手がかかるといっても、ナースを何度も呼ぶ・口答えする程度のことで暴行されていたという。

<辞任した朝倉重延元院長の過去>

辞任した朝倉院長は、2001年にも、入院患者たちの手足や身体を拘束し、治療を受ける必要のない患者にIVH(高栄養点滴)という点滴を投与をしていた「朝倉病院事件」を起こしている。

40名以上の患者が不審な死を遂げていた朝倉病院での診療実態は、滝山病院でも起きていたのではないかと思うほど類似する点が多い。

人工透析治療では、シャントという血管の通路を腕に作るが、その手術は病室やレントゲン室で行われていたという。

<入院3か月までと終末期医療で利益が出る仕組み>

精神科病院では入院3か月目まで診療報酬が高く、終末期医療で、また利益が出る仕組みになっている。

つまり、入院患者は最初の3か月で薬漬け、自分で歩くのが難しいとなる、すると寝たきりになるか、患者は廊下を散歩する程度で、運動の時間は無くなる。

同じ姿勢で寝る為、褥瘡ができ、やがて骨が露出したまま放置されてしまう。

多くの人が終末期医療で、不必要な医療を受けさせられ、利益の為に延命されていた。

その挙句、細菌やウイルスなどの感染が全身に広がり、免疫反応が過剰に働くことで臓器障害を引き起こす敗血症で亡くなっていった。

カルテなどの記録も無く、あっても病名と処方されている薬が一致しない。

つまり、適切な医療行為が行われない状態だった。

<退院支援に繋げる専門家不足>

精神科病院の入院形態には、任意入院・医療保護入院措置入院・応急入院の4つがあり、その中で、医療保護入院措置入院で、精神保健指定医の判断が必要となる。

精神保健指定医が適当な病名をつけて入院させてもチェックされません。

そういう時には根拠を主治医に尋ねようとしても、病院側は応じない。

この強制入院システムが、人権侵害に繋がっている。ただ、患者が退院や転院を申し出たとしても、主治医の診断がおかしいと指摘するには、医学的な知識が必要になり、指摘することが出来れば退院支援に繋げることが可能になる。

現在、そういった専門家が少ないのが現状だという。

滝山病院の問題は、同病院だけにとどまらず、看護師のネットワークなどを通じ、他の精神科病院スタッフのモラル低下にも繋がった。

最悪なのは、滝山病院の劣悪さを知った上で戻れないと分かって送り込んでいた医療従事者もいたこと。

<遅れる国の対策>

厚生労働省は、地域包括ケアシステムという、精神病患者を退院させ、地域で共生させる仕組みを推進しているが、退院してきた精神病患者を地域で受け入れる為の専門家が不足している。

又、精神保健指定医自体を監督する仕組みが無く、患者本人よりも、病院で面倒をみて欲しいという家族の意向が優先され、儒教的な考えも強い。

精神科病院を潰さない政治的な圧力もあると聞く。

精神保健福祉法の見直しや専門家の育成が必要。

<まとめ>

滝山病院は現在、希望の丘八王子病院と改名し、経営陣も刷新され運営されている。

日本の精神医学の父とも呼ばれる呉 秀三は、1918年に、精神病患者の私宅監禁の実態調査書である「精神病者私宅監置ノ實況及ビ其統計的觀察」の中で「我が国十何万の精神病者は実にこの病を受けたるの不幸の外に、この国に生まれたるの不幸を重ぬるものというべし」と記している。

それから約100年超経った現在、精神病患者を取り巻く環境は改善されていくのだろうか。

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子どもの心の病について

<原因の多くは親?>

子どもの心の病、その原因の多くは親?

見逃しNGなサインとGW明けに注意すべきこと。

学校を休ませる基準は、いじめと体罰のみ。

子どもに多い7つの「心の病」とそのサイン、児童生徒の不登校や自殺が過去最多となっているが、その背景の1つに心の病があり、特にゴールデンウィーク明けはメンタルの調子を崩す子どもが多く、教員や保護者はその兆候を適切にキャッチして対応したい。

心の病で苦しむのは、大人だけとは限らない、子どもが発症する主な心の病とそのサインについて見て行く必要がある。

<子どもに多い7つの心の病とそのサイン>

子どもが発症する主な心の病とそのサインは以下の通り。

うつ病

うつ病は、よく言う全く動けなくなる状態というイメージがあるが、必ずしもそうとは限らず、特に子どもにおいて注意すべき症状は、ずばりイライラ。

いつもより落ち込んでいる状態が続くだけでなく、イライラしやすい時には、うつ病の可能性あり。

思春期だと見分けにくく、イライラが反抗的な態度や怒りっぽさとして表れることも多々あり。

他に、極度の自信喪失、普段以上に罪悪感を抱くといった状態もうつ病を示唆していることがある。

又、やる気が出ないのもサインの1つ、成績や部活等のパフォーマンスに影響が出ることも…

悪化すれば、食欲減退・増加、不眠・寝不足・過眠にも及ぶので要注意。

更には「死」について質問してくるなど、希死念慮を感じさせる場合は気を付けなければならない。

②持続性うつ障害
劇的に落ち込んでいるわけでも、やる気がないわけでもないが、元気な状態と比べると落ち込んでいる様に見える状態が1年以上続くと、この診断が下される。

つまり、低空飛行のうつ病

日常生活はある程度出来るので、通常のうつ病と判断しにくい為、厄介な病気。

③不安障害 
不安や心配事に囚われ、それ以外のことを考えるのが難しかったり、他のことに手が付けられない、様々なことに集中出来ないなど、生活に支障をきたしてしまう病気。

うつ病と同様、成績や部活のパフォーマンスに影響が出ることも多々あり、考え過ぎてしまっている状態が続いている為、睡眠にも問題が発生しやすい。

又、人間の体は不安になり過ぎるとと胃酸が強く出てしまうので、原因不明の腹痛がサインとして表れることも多い。

適応障害
環境等の何らかの変化に上手く適応出来ずに生活に支障をきたしてしまう心の病。

子どもによく見られるのは、不安型・うつ型・不安とうつ型の3つ。

これらは、先のうつ病及び不安障害と同じサインが見られる。

⑤反抗性挑戦性障害
生活に支障をきたしてしまうほどの反抗的な態度を大人に示すのが反抗性挑戦性障害。

うつ病と区別がつきにくく、イライラしやすかったり怒りっぽかったりするのが特徴。

年頃の反抗期と軽視されがちで、うつ病や不安障害等を併発していることが非常に多く、注意が必要。

⑥分離不安
この病気は、特に幼稚園から低学年の子どもが発症。文字通り保護者と離れることを非常に怖がるのが特徴で、保護者に何か嫌なことが起こる夢を見るケースも多々あり。

多くの場合、保護者が子離れに対して極度な不安を感じてしまっていることが影響している。

パニック障害
何らかの出来事が引き金となり、過呼吸・手の震え・極度の汗・動悸が速くなる等の症状を何度も経験し、結果として生活に支障をきたしてしまう心の病。

学校で嫌なことがあった後に学校のことを考えただけでパニックになる等、問題の原因について考えるだけでパニックになることも。

原因の根本を極度に避けようとするのも、よくあるサイン。

<まとめ>

上記のサインが見られる場合、自己判断はせず、心理カウンセラーや心療内科医・精神科医に相談することが望ましい。

GW明けに罹患しがちな心の病は、適応障害

長期休暇後の登校は、子どもによっては大きな環境の変化となり、適応出来ずに発症する。

元々、発症していたうつ病や不安障害が悪化してしまい、明らかなサインが見られる場合もある。

こうした兆候があった際、迷わず学校を休ませるべきだろう。

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現役教師が実践した暴言を減らしたある対応策

<現役教師が現場で感じたのは>

現役教師が小学校で実践する、子供達の暴言が減った対応とは。

YouTubeやオンラインゲームを楽しむ子供の低年齢化が進む中、その過激な表現の影響を受けて、小学校でも「うざい」「きもい」などの暴言を使う子どもが急増している。

そんな児童達にどの様な対応で暴言を減らせたのか。

大阪の公立小学校の現役教師、松下隼司先生が実践した事はある方法から。

SNSやオンラインゲームの過激な表現>

スマホやオンラインゲーム機を持つ子どもの割合が増え、親御さんのスマホや家のテレビでYouTubeを見る子供、TikTokInstagramを見たりもする。

小学生に大人気のオンラインゲーム「フォートナイト」の使用は、2021年から対象年齢が15歳以上に、LINEの使用推奨年齢は、2019年から12歳以上に、TikTokInstagramの使用推奨年齢は13歳以上に上がっている。

それでも、SNSやオンラインゲームで過激な表現の影響を受け、乱暴な言葉遣いや卑猥な言葉を使う子供が増えているのが実情の様で、学校現場でも痛感しているという。

<うざい、きもい、きしょい、が口癖>

この3つの悪口は、子供同士の喧嘩や、親御さんや教師への反抗・反発の時に度々使われる。

これはもはや、喧嘩や反抗・反発の時に感情的になって言ってしまうレベルでは無く、中には口癖の様になっている児童も。

例えば、テストの点数がクラスメートより低かったたり、ジャンケンで負けた時、出て来るのは「うざ」「きも」ちなみに「うざ」は「うざい」「きも」は「きもい」を省略した言葉。

「きしょい」は「きしょ」の省略。

「死ね」「消えろ」ほどの強烈さは無いもの、言う側、言われる側だけでなく、周囲の子供達も嫌な気持ちに、悲しい気持ちにしてしまう。

嬉しい気持ち、楽しい気持ちになる子供はおらず、気持ちがしんどくなるだけ。

<禁止するより正しく言わせる>

友達に暴言を言った子供に対しては事情を聞き、指導するが 理由を聞いても「なんとなく」や「つい」「YouTubeで見て、言ってみたくなったから」など、根本的な解決にまで結びつかないことがある。

つまり、暴言が口癖・習慣になってしまうと、改善は難しい。

そこで禁止するよりも「正しく言いなさい」と教えてみたら…

「うざい(うざ)」「きもい(きも)」「きしょい(きしょ)」の言葉が身に沁みついてしまった子供達が、少しずつこれらの暴言を言わなくなって行った。

「言ったらだめ」と禁止するのでなく、「省略せずに、ちゃんと言いなさい」と言って対応したことがポイントになったという。

『うざい(うざ)』→『うざったい』

『きもい(きも)』→『気持ち悪い』

『きしょい(きしょ)』→『気色が悪い』

と、言い直しをさせる様に対応した。

すると、これまでは「暴言を言ったらだめ」に「うざ」と言って反抗的な態度をとっていた児童も、素直に言い直し「気持ち悪い」「気色が悪い」と言い直したのだ。

<同じ意味でも心像はかなり変わる>

「うざい・うざ」と「うざったい」という言葉を見比べたら、同じ意味でも心象はかなり違う。

「うざい・うざ」は心のダメージを受けますが、「うざったい」はそれほど嫌な気持ちにならないず、聞いた心象も同じ。

「うざったい」という言葉を聞いても、「うざい・うざ」ほど嫌な気持ちにはならず「きもい・きも」と「気持ち悪い」「きしょい・きしょ」と「気色が悪い」も同様に、心象が大きく違ってくる。

<何故言い直しの対応を子供達は受け入れたのか>

普段は反抗的な態度を教師や親御さんにとっている子供がこの対応を受け入れてくれた理由は、およそ3つあるという。

①「言ったらだめ」という禁止の対応でないから。

②「なぜ言ったの?」と理由を聞かれないから。
(口癖になっているだけで面倒くさいことを聞かれないから)

③改善の方法が、子供にとって否定的でなく、具体的

 で簡単だから。

先生自身も、教師としても冷静に対応出来る様になったという。

以前は「そんな言葉、学校で使わへん!」と声を荒げてしまっていたが、言い直しの対応をとるようになってからは「ちゃんと言い」と落ち着いて対応出来る様になった。

そして最初の頃は、言い直していた子供達も徐々に「うざったい」「気持ち悪い」「気色が悪い」などと、省略せずに言うようになり、更には「うざったい」などの言葉自体を使うことを踏みとどまるという変化も見られた。

<暴言がクラスに広まってしまった過去>

松下先生いわく、若手教師だったころ、担任した高学年の教室で暴言が日常化してしまった事を経験。

一番の原因は、子供達の家庭環境や生活習慣でなく、自身が子供達の暴言をスルーしてしまったことにあるといい、授業中に暴言があっても、授業を進めることを優先して聞き流してしまうことが重なったのだ。

不適切な言動にいちいち対応していたら授業が進まない、他の児童に迷惑をかけると思い、対応しない、休み時間だからある程度は仕方ないと、妥協してしまったことも原因の1つだったという。

子供の暴言を対応しないままだと、暴言の内容も少しずつ酷くなっていき、これまで暴言を使わなかった子供達も使うようになる事態に発展。

この失敗経験をしてからは、暴言をスルーしないで、「ん?」「今、何て言った?」と、まず反応する様ににしていき、それだけでも暴言の歯止めになった。

<暴言の対応で気をつけていること>

子供が暴言を吐いてしまう前に、事前の指導をしておくこと。

暴言の後に指導されるよりも、普段の授業の中で言ってもらうほうが、児童にとって素直に受け入れ易い。
子供目線で楽しい指導の心掛けも忘れずに。

正論だと耳を塞いでしまう子供も、楽しい話だとしっかりと聞いてくれるのだ。

「うざい・うざ」を省略しないで「うざったい」と言う指導は、大人気ゲーム「ドラゴンクエスト」というゲームの大魔王バーンという大ボスを、正義の味方で主役のダイや、ポップ、ヒュンケルたちが束になって倒す時の大魔王バーンが「うざい」と言わずに、「うざったい」と言ったシーンがあり、それを例に「大魔王でも、うざいって言わないんだよ、みんなは優しい人間だからね」と話してみる。

暴言が口癖になっている子供達ほど、集中してこちらの話を聞くのだそうだ。

<まとめ>

今やSNSやオンラインゲームは、子供とっても、なくてはならない存在になっていっている。
だからこそ、今の子供達の心に入るような言葉がけや対応をするように心掛けているという。

これは、とても大事なポイントだと私も同感。

ぜひ、読者の方に同種の、又は、放デイなどの職者の方々にも参考になればと思う。

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アンガーマネジメントは本当に有効なのか

発達障害の子の思春期>

些細なことでカッとなる子をどうしたら良いのか。

おうちでできるアンガーマネジメントを、発達障害の女の子の支援キャリア20年の療育のプロが伝授⁉︎

「怒り」とうまく付き合うための心得とは、発達障害の子は、感情の分化が未熟な場合が多く、「悔しい」「辛い」という感情を上手く表現出来ずに「怒り」として表現してしまうことが多々ある為、そこを怒りのスケールを使って感情をコントロールするという。

<怒りのスケール>

怒りの程度を視覚的に表す「怒りのスケール」とは。

それは「怒り」ではなく、悔しい、辛いという感情なのかも知れないと捉えること。

発達障害のある子供の中には、言語発達の遅れや感情のコントロールの未熟さといった特性があることは、既に知られて来た。

幼少期から小学校高学年に至る年齢の子の保護者から「些細なことでカッとなる」という相談はとても多く、実は感情の分化が未熟だという背景がある。

本当は「悔しい」「辛い」という感情でも上手く表現出来ず、怒りとして表現してしまっている、場合によっては「疲労」でさえ上手く伝えられず「怒り」として表現する場合もある。

そして、その怒りの表現方法は時に激しく、周囲を困らせてしまうことも少なくない。

例えば、自分の思った通りに事が運ばない時に、物を投げたり、叩いたり、蹴ったりといった攻撃的な行動に出ることがあり、これは、学校や公共の場でも目立ち易く、周囲からも注目されることが多く、保護者としても対応に困ってしまう。

<怒りの感情を適切に表現する>

現在「怒り」と向き合っていく方法のひとつとして用いられているのが「アンガーマネジメント」このアンガーマネジメントとは、感情をコントロールし「怒り」を適切に表現するためのスキルだという。

先ず、アンガーマネジメントは「怒らないようにすること」ではなく、間違わない様にすべし。

怒りは、私達が自分を守るためにとても重要で本能的な第一次感情、しかし、感情に任せて怒りを爆発させてしまえば、自分自身や周囲を傷つけてしまうことにもなりかねない為、日常の社会生活の中ではコントロールが必要になる。

アンガーマネジメントは、怒りの感情を理解し、適切に表現することで、社会生活において、より良い人間関係を築くための方法だという。

<怒りのレベルを見える化

では、発達障害の子にアンガーマネジメントを子供にどの様に教えれば良いのか?

家庭でする場合は、家族で保護者も一緒にやることが効果的。

怒りのレベルを「見える化」する子供とって、自分の感情を理解するのは難しい。

そこで、怒りの程度を視覚的に表す「怒りのスケール」を 以下に示す。

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このように段階的に怒りのレベルを表現することで、子供は自分の感情を客観的に見られるようになる。

怒りのスケールは、本人に自分の怒りをまず数値化してもらい、 その時に表情カードも一緒に使う場合もありき。

「〇〇くんにいきなり押されたらどれくらいムカつく?」
「じゃあ、あなたにとってムカつくのはどんなこと?」

の様に自分の怒りの基準を出します。
自分の怒りの表情も数値と併せ、自分の怒りの表情と自分の沸点の大体の基準を作成、 今の自分のイラつきは 4だから、この場所から離れよう、など。

これは保護者が家庭で用いることも有効、子供に怒りを伝える際に「今、ママ(パパ)は2の感情、何故なら…」と説明する時に用いると子供が理解し易い。

<怒りを感じたら>

怒りを感じたらその場を離れ、クールダウンできる環境に移動する。
感覚に過敏さがある子どもの場合、周囲の音や光、人の多さなどにより、自分の感覚が閾値を超えると、怒りを感じ易くなることがあり、その場合、一旦その場を離れて、静かな場所で落ち着く時間を取る。

視覚や聴覚などの感覚情報を遮断することで、冷静さを取り戻し易く配慮する。

家庭では、保護者が自分の怒りを鎮める為にその場から離れ、気持ちを切り替える見本を見せる。

「パパ(ママ)は気持ちを落ち着けてくるね」と伝えることで、子どもが真似し易い環境にする。

<自分の気持ちを言葉で伝える練習をする>
子供が冷静になったら、怒りの理由を聞いてみる。

もしかしたら「怒り」を表現することではないかも知れず、その場合には「〇〇されたから悲しかった」「〇〇が辛かった」など、感情のラベリングをしてあげると良い。

最初はうまく伝えられなくても、繰り返し練習することで、少しずつ自分の気持ちを表現出来る様になって行くという。

<誤解が広がり問題に>

アンガーマネジメントが広がり始めたころ、アンガーマネジメント=怒らないようにすること、という誤解が広まり、逆に問題になったケースがあったらしい。

ある学校のクラスに、発達障害の子で癇癪を起こしてしまう子が在籍し、周囲の子からも距離を取られるようになってしまった為、担任が「アンガーマネジメント」を取り入れた。

その時に「アンガーマネジメント=怒らないようにすること」と間違って教え「怒ること=悪いこと」の様に生徒が受け取ってしまった。

その結果、クラスの子が、その障害のある子をわざと怒らせ「アンガーマネジメントが出来てない」とからかうようになり、全く逆効果になってしまった。

健全な怒りについての表現方法を学ぶことは、子供自身の精神的な健康のためにも、アンガーマネジメントを正しく理解し、適切に用いることが重要。

自分自身を傷つけない為にも、自分の感情を理解し、適切に表現出来る様になれば、周囲とのトラブルを減らすことが出来る。

<まとめ>

学校で起こる生徒同士のトラブルの半分以上は、発達的課題がある者同士が引き合って起こる。

発達的課題は遺伝的なものもある為、保護者に上手く伝わらないこと、伝えても保護者が否定されたかの様な受け取り方しか出来ないことが多々ある。

一緒に考えて欲しいのに…いつの間にか学校への批判が始まり、共感で成り立つママ友に間違った情報が広まり、やがて年度末になると、発達課題のあるトラブルの多い生徒とは一緒のクラスにして欲しくないと、個人的な要望がたくさん入る。

合わない人間とどうやって折り合いをつけていくのも学校で学べることだと思うが、学力偏重な家庭ほど、この手の要望は多いと聞く。

インクルーシブ教育にトラブルは不可避だと思うが、それでは教員の体が持たないだろう。

知能の高い子は、自ら勉学に励むので特にクラスを分ける必要はない。

その子達に必要なのは、学習や様々なことが難しい子達が、どんな風に難しいのか、そういう人達も大人になったり、社会を構成する一員であること、そことどう折り合いをつけるかの学習の機会、というのが求められているのではないだろうか。

勉強が大事なら、わざわざ学校に通う必要もない。

当事者からすると、出来ないからトラブルになる、出来てもモヤモヤしてイライラに変わる、それを何度も思い出し、またイライラする。

アンガーマネジメントは机上の空論なのか…私には正直分からない。
毎日毎日戦いの日々だと親御さんの声も聞く。
アレントレーニングも行き、本も読み漁り、講演会も行く、でも、上手く行くのは数えるほどだと。

反抗期は特に辛く、ここで親子関係がこじれ、家族が歪んでしまう家庭は少なくない。
ある家庭では、夫が、この障害を理解出来ず、次第に息子を遠ざけた、真っ向勝負ばかりの対応も困るが、父親との関係のフラストレーションは全て母親へ。

自身も本当は苦しい、でも、伝えれば、息子へ矛先が向いてしまう、息子に愛を伝え様とはするものの、振り幅の大きい息子の言動が母親の精神を蝕む。
我が子を不幸にしたくない…

元気に笑って生きていてほしい…

それだけなのだ。

 

国際調査で判明した人間関係の懐かしさ

<懐かしさと人間関係>

年齢を問わず、人はしばしば懐かしさを感じる事多し。これまでの心理学研究では、家族や高校時代の思い出など懐かしい経験を振り返る事で、孤独感が和らぎ、他者との繋がりも感じ易くなる事が示されている。

ただ、懐かしさが人間関係に実際にどの様な長期的な影響を及ぼすのかは、十分に解明されていなかった。

<約1,500人を対象とした国際調査で判明した事>

黄冠儒 人間・環境学研究科博士後期課程学生とYa-Hui Chang ニューヨーク州立大学バッファロー校(University at Buffalo, The State University of New York)博士課程学生(研究当時)による国際共同研究では、約1,500人を対象に行われた3つの調査から、懐かしさを感じ易い人は人間関係を維持する為に、より多くの努力をし、長期的には親しい友人の数が多くなる事が明らかになった。

又、年齢と共に親しい友人の数は減少する傾向がありるが、懐かしさを感じ易い人は、7年間の調査期間中に親しい友人の数を維持しまし、これらの結果から、過去の大事な思い出を振り返る人ほど、人間関係の重要性を再認識し、それを維持する努力をする事が判明した。

<研究者のコメント>
「懐かしさを感じる人は、過去に囚われているわけではなく、むしろ、懐かしい記憶はポジティブな感情や社会的繋がりを生み出す事が、心理学の研究で多く示され、私達の研究では、懐かしさを感じる頻度が高く、その思い出を大切にしている人ほど、大切な人間関係を育むことの重要性を認識している事が分かり、年齢を重ねて、生活環境や責任が変化しても、こうした友情は長続きし易い様だ」とコメントしている。

この研究成果は、2025年3月12日に、国際学術誌「Cognition and Emotion」にオンライン掲載。

<まとめ>

年齢を問わず、人はしばしば懐かしさを感じる。

これは当たっていると思う。

懐かしさを感じることが、親しい友人の数を維持するという事は、懐かしさが人間関係におよぼす長期的な影響のひとつを示すものだし、心理的健康の向上に繋がる可能性があると思う。

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消えた子供

<全国で74人>

大阪府八尾市で見つかったコンクリ遺体、明るみに出なかった少女の失踪は謎のままだった。

この様に謎の失踪を遂げたいわゆる「消えた子供」は全国で74人に登るという。

コンクリート詰めにされた遺体が見つかったのは、集合住宅の一室だった。

何故、コンクリート詰めにされなければいけなかったのか、何故誰も止めなかったのか、少女のことを思うと胸が締め付けられる思いだ。

<警察の見解>
大阪府警死体遺棄容疑で逮捕した無職、飯森憲幸容疑者(41)は「十数年前に預かっていた姉の子で、7歳くらいの女児」と説明している。

遺体の身長は1メートルほどだったが、7歳女児の平均身長は1メートル20センチほどで、これはかなり小さかったことになる。

自治体などは行方知れずになった子供の所在確認を続けているが、事件に巻き込まれたり虐待を受けたりしていたケースは後を絶たない。

誰も女児がいなくなったことに気がつかなかったのかと投げかけたくなる。

<居所不明とされたらどうなるのか>

令和6年度の学校基本調査によると、義務教育年齢の日本国籍を有する児童生徒のうち、教育委員会が1年以上所在を確認できない「居所不明児童・生徒」は全国で74人。

事件や虐待の可能性が指摘される例もあり、文部科学省は全国の教委に対し「居所不明」とされた後も自治体や児童相談所と連携し、子供の所在確認を進めることを求めている。

こども家庭庁も児童虐待防止対策として、乳幼児健診未受診者や未就園児、不就学児などの状況確認を各自治体へ要請。

<事件に巻き込まれるケースは、少なくない>

令和5年度の調査では2万5745人が確認対象となり、このうち3人は状況確認ができなかった。

子供が行方知れずとなり、事件に巻き込まれていたケースは少なくない。

平成25年には大阪府富田林市で住民登録上では10歳になる男児が行方不明となっていることが判明。

親族らが生後間もなく遺体を河川敷に埋めたと説明したが、遺体は見つからなかった。

親族らは不起訴処分となったが、居所不明の子供の問題が改めて浮き彫りとなっている。

<まとめ>

この事件は相当に重大だと考える。

長屋の一角がまだ色濃く残るエリアがあるらしく、静かで何だか寂しいもある。

近所付き合いがなければ、女児がいたことすら気づかず、おそらく転校手続きなども取らず、行政も放置して来たのではないか。

大阪府は責任を持って徹底的に調べるべきで、助けられたかもしれない命、その尊さを考えてほしい。

このような形で見つかるなんて残酷過ぎる。

姉は邪魔になって置いていった可能性すらある。

もし定期的に会いに来ていたら発覚してたはず。

7歳なら学校にも行ってるはずなのに、どうなっているのか、戸籍はあるのか、当時20代前半だった弟に子供を預けるなんて、普通は出来ない。

コンクリート詰めにされた遺体が見つかった集合住宅

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しなくていいことを決めると人生が楽になる

精神科医に教わる>

「人にどう思われているか」を気にし過ぎてしまう人が、楽になる方法、それは、「しなくていいこと」を決めること。

これをやれば、人生が一気に楽になるというもの。
仕事、人間関係、はたまた周囲に気を使いながら頑張っているのに、なかなかうまくいかず、メンタルをすり減らしている人も多い。

例えば…

注意しているのに何度も同じミスをしてしまう。

上司や同僚といつも折り合いが悪い。

片付けが極端に苦手。

こうした生きづらさを抱えている人の中には、能力が劣っているとか、怠けているわけではなく、本人の特性が原因の人もいると精神科では言われている。

<逆の発想>
生きづらさを感じている人は、苦手を克服することよりも、生きやすくなる方法をとるほうが、かえってうまくいくことも多いという。
生きづらい人が自分らしく楽に生きられる方法は「しなくていいこと」を決めること。

そうすることで人生が一気に楽になるから、人にどう思われているかを気にしすぎてしまう人が、楽になるにはこの方法が良いとされている。

<他人の目が気になる理由>

「他人の目」が過度に気になると、のびのびと自由に活動できなくなり、例えば何かアイデアを思いついたときに「自分はこう思うけど、それを発言したら相手はどう感じるだろう?」「バカにされないか」などと考えてしまい、結局、アイデアを誰にも言えなくなったりすることがある。

人は何故、他人の目、人にどう見られるのか、人にどう評価されるのかを気にしてしまうのか。

人は乳幼児期から他人の目を気にするという。

会社員は上司の評価を気にし、子どもは同じように、親からほめられれば喜び、叱られれば悲しみ、ただ、それは必ずしも悪いことではないのだ。

人の評価を気にすることで、子どもは社会性を身につけていく。

乳幼児は、最初は自分が安心するために保護者のそばにいて自分の身の回りの世話をしてくれる人、いつも自分の近くにいる人を信頼して、その人のいるところを自分の「安全基地」だと見なす。

このような関係性を心理学では「愛着の形成」と言い、英語では「アタッチメント」と言い、人間関係の基礎になるもの。

愛着関係ができると、子どもはその相手がどういう反応を示すかによって、自分の行動が安全なのか危険なのかを判断するようになり、何かに触れようとしたら保護者が自分をおだやかに見守っていれば「安全だ」と判断してそのまま触る。

保護者がけわしい表情で止めにきたら「これは危険だ」と判断して触るのをやめる。

この保護者の表情をうかがう行動を「社会的参照」英語で「ソーシャル・リファレンシング」という。

つまり、子どもは乳幼児期から、自分の行動に人がどう反応するのかをモニタリングしながら、行動形成をしていき、やがてその延長で、社会性が育っていく。

<適度な安心と適度な評価>

子どもは「適度な安心」と保護者からの「適度な評価」があることで社会性を育み、人間関係をつくっていくことが出来るという。

「安心」と「評価」があれば、子どもは人の目を気にしながらも、あまり気にしすぎることはなく、自信を失いすぎることもなく、すくすくと育っていき、一方で、親や学校の先生から高いハードルを設定され、無理な要求をされてきた場合や、反対に過剰に評価されてきた場合は、人の目をことさら気にするようになってしまうことがある。

そうすると、いつも相手の評価に対する不安が高くなり、自信をなかなか持てない場合が出てくる。

<まとめ>

しなくていいことを決めると人生が一気に楽になる。
あなたが、私が、やるべきなんだと思っていることは、本当はやらなくてもいいことかも知れない。

苦手なものを克服するのではなく、社会のルールに合わせながら、生きやすくなる方法を見つけ、周りに合わせすぎて疲れない様にする。

そして、更に自分らしい人生を歩んで行くべし。

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死ねデブと言われても

<積もる無力感>

死ねデブと言われても我慢する。

そして積もる無力感。

そんなメンタルに陥っても国防の為に任務を遂行するもの達がいる。

知られざる刑務官の苦悩とは…

<面倒を見るのは私達>
この仕事には、正直やり甲斐は無いという。

東京都府中市の府中刑務所のある男性刑務官はこう言い切る。

「警察はいいですよね、逮捕したら社会に注目される。その後の長い年月、面倒を見るのは私たちなのに」

そして「仕事にやりがいはない」「社会に現状を知ってほしい」と語った。
法務省職員らもいる公の場での発言で、刑務官の苦悩はそれほどなのかと衝撃を受けた。
<刑務作業の監督>

約1700人が収容される日本最大規模の同刑務所。

受刑者約40人の担当として、工場で刑務作業を監督する彼は受刑者の間を巡回して一人一人に注意を払い、合間に個別の面談や事務作業、トラブル対応を行う。

勤続20年、時には本気で諭した言葉が受刑者に届いたと思えることもないわけではないが、やり甲斐として感じることはほぼないという。

<刑務官になるには>

国家公務員採用試験である刑務官A(男性)又は刑務官B(女性)試験に合格すると採用候補者名簿に登載され、この名簿の中から採用が決定される。

一次試験で公務員として必要な基礎能力を確認され、二次試験で個別面接・身体検査・視力測定・体力検査が行われ、又、29歳以下を対象に「武道(柔道又は剣道)」を実技試験として実施する刑務官A(男性)(武道)、刑務官B(女性)(武道)区分や、40歳未満の社会人経験者を対象とした刑務官A(男性)(社会人)、刑務官B(女性)(社会人)区分もあり、尚、「武道」の区分で受験して採用された場合には、主に刑事施設の保安警備など、技能を生かした業務に従事することが多くなる。

<役割と自覚>

刑務官は、受刑者等に直接接し、その生活指導、職業訓練指導などを行い、その者の改善更生や円滑な社会復帰を促していくという、社会の安心や安全を守る為の仕事に従事するため、職務に対する強い情熱や使命感、高い倫理観が求められる。

又、受刑者などの被収容者の身柄を拘束して様々な処遇を行うため、刑事収容施設法はもとより、刑法、刑事訴訟法など職務に関連する法律などについての知識、心理学、教育学などの人間科学に関する知識や、それを高めていく自己研さんが常に求められるうえ、更に同僚と協力して職務に当たったり、検察庁保護観察所など関係機関の職員と協力して仕事を進める協調性や柔軟性も不可欠とされる。

<まとめ>

刑務官の魅力は、国家公務員で福利厚生等にも優れ、安定性を求める方には魅力的 な仕事だろう。

社会への貢献度が高く大きなやりがいを感じられるほか、研修制度や各種免許取得のためのサポートが充実しており、管理職への昇進やキャリアアップの機会が豊富なのも魅力ではないか。

ただ、現実はこの男性の様にやり甲斐を感じなくなることもしばしばの様だ。

柔軟で、且つ、相当強いメンタルが必要だ。

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自立とは上手に依存すること?!

<逆境でも潰れない>

強いストレスがかかっても折れない人は何が違うのか…精神科医がこれほど重要なものはないという能力?とは。

逆境でも潰れない人は何が違うのか。

幼いころ、甘えることが出来なかった人の中には、自立しなくては、という思いに囚われている人も多い。実は、自立とは誰にも頼らないことではなく、人に上手く依存することなのだと、ある精神科医は言う。

しかも上手に人に助けてもらう能力は人が育つ過程で最も身に付けなくてはいけない能力のひとつだとしている。

<愛着形成>

実は、親に十分に甘えられたという人はほぼいない。

愛着形成がしっかり出来ている人は精神的に強靭。

人生の困難やストレスに直面しても凹まず逞しく生きていくことが出来るというのだ。

例えば、幼少期に親や養育者にたっぷり甘え、十分に甘え尽くした子どもには強固な愛着が形成され、それがしっかり形成されると、子どもは自然に親から離れ、何も言われなくても自分の人生を歩み始める。

ただ、人は大きくなるとやがて素直に甘えれなくなり、甘え足りないのにもう大きいんだからと言われて愛着サイクルを断ち切られてしまった子は、愛着形成が不十分なまま大人になったといえる。

つまり、実際には思う存分甘えきり、揺るぎない愛着形成が出来ている人など世の中にはほぼ皆無。

多くは、中途半端な愛着形成のまま大人になっているのが実情だという。

ゆえに、ある程度の自己肯定感と他者信頼感はあるものの、強いストレスや逆境に出合うと簡単に潰れてしまうのではないかと結論付けている。

<自分自身に問題があるのではない>

治療やケアが必要な人は、家に例えると藁ぶきの家レベル、一方で逆境にも負けない人は、強いレンガ造りの家に住んでいる。

安心感や自己肯定感が乏しいと感じる人は、自分自身に問題があるのではなく家の構造が弱いと考えて、原因は家の構造にあるなら補強工事で強化する、つまり専門家の知見を活用することが有効。

しっかりした家を自分に置き換え、レンガ造りの家を目指して補強耐震工事をするということなのだ

<自分の構造の弱点に気づこう>

愛着障害は正式には小児の障害なので大人には用いないようだ。

精神科医の話では、大人のクライアントの多くの方に愛着の問題が見られ、愛着の問題とは気づかず、他の病気の症状や、自分の性格だと考えているそうだ。

特に顕著なのは精神疾患が再発しやすかったり精神状態が安定しなかったりする患者さんだという。

愛着に問題があると自分を労わることが出来ず、多くの人が自分を傷つけ、まるで自分をむち打つような生き方をしているという。

Drがそれを指摘すると確かにそうだと頷く人が多い。

これは、自分の家の構造の弱点に気づくことが非常に大事であって、弱点がわかれば、そこから補強工事を始めれば良いからだ。

自分ひとりで悩まずに医師やカウンセラーに相談し、第三者の視点をとり入れると良い。

<幼少期が早く自立をすることになった人は>

助けを求められない心理を抱えてしまっている原因のひとつと考えられるのが、幼少期からの体験で、小さい頃に誰かに助けを求めた時に自分でやれと断られたり、うるさい、と怒られたりしたことがあると自立心に囚われ、人に頼れなくなる。

「自分ひとりでやらなくては」「自分の問題は自分で解決すべき」と思い込んでいる人もいたり、自責思考が影響している人もいるという。

心の奥底ではSOSを発し、それなのに助けを求めることが出来ず、限界まで自分を追い詰めてしまう人がとても多いという。

<自立とは上手に依存すること>

少し、概念を捨ててみてほしい。

「人に頼る」「助けを求める」のは未熟であり、自立した人ではないと考えるのを辞めてみよう。

赤ちゃんや幼児は、親にしっかりと甘え、依存するなかで心が成長していくので、依存は自立へ不可欠だ。誰も頼らず依存しない幼児は健全に成長は難しい。

乳幼児期にしっかり依存することが、後の自立へと繋がる。

自立とは本当は「依存先を増やすこと」例えば車いすで生活をしている人は、多くの人や物に助けてもらう必要があり、頼る先が特定の人に集中するのは避けるべきですが、多くの人に少しずつ上手に依存して、自分なりの生活をしている姿は、自立しているといって良いのだ。

<愛着形成のコツ>

自分の人生を俯瞰し、良く頑張ったとねぎらう。

最初のステップは、自分の心と向き合い精神構造に気づくこと。

自分の心を直視するのは楽ではないけれど、心の治療には自分の精神構造に気づくことが必要。

自ら精神のよりどころや弱点を理解して、初めて心を補強出来る。

何度もつらい気持ちに耐えながら、ここまでやってきた人は、これまでの人生をふり返り、頑張った自分に労をねぎらい、懸命に生きてきた自分をイメージし、褒めてあげよう。

次のステップは、長期的な視点で自分の成長のタイムラインを作ってみる。

例えば、自分に起きた出来事を見つめて、写真、手紙などを見返し、思い出の品などの視覚的な要素から記憶を蘇り易くする。

他には、人生年表を作る、マインドマップを作る、自分を中心に、仕事や家族、趣味など、枝分かれさせ連想していく。

それぞれの分野での経験や成長を書き出すことで、自分の人生の全体像を把握する。

自分の伝記を構想するつもりで、人生の章立てを考えてみるのも良い。

各章にタイトルをつけ、その時期の出来事や自分の感情、価値観の変化などを要約する。

<自己否定はいつ何処でどこで身についたのか>

愛着に問題を抱えている人は、他人に優しく自分に厳しいので、人に優しくする反動で自分を傷つけているかの様な所もある。

勿論、生まれながらの気質でもあることも。

幼少期に親や周囲の人から人に奉仕しないと自分は存在する価値がないなどと言われていたら、褒められることに罪悪感を覚えるし、親に褒められると、反動で否定する言葉が浮かぶ、という人もいる。

植えつけられた思考が習慣化し、素直に自分を大切に出来ないのだ。

この場合、他人にも自分にも優しくしてみると良い。

いつも他人を優先せず、自分にも他人にも、優しさを均等に振り分けてみる。

<自分自身を労わる>

愛着の問題を抱えてしまうと心の中で自分のことはどうでも良いと思いセルフケアを後回しにしがち。

セルフケア怠ると、いずれ疲弊し、心と体の健康を保つことが出来なくなる。

他人には優しく出来ても、自分に向けることに躊躇いがあるなら、他人を許し、他人に優しくしたことを、そのまま自分にも同じ量だけすれば良い。

意識的に自分をケアする時間を徐々に作るべし。

自分の気持ちに正直になり、ネガティブな感情を無視せず、そこにその感情が存在することを認め、心の中で「今日はちょっと疲れているな」「少しイライラしているな」と感じたら、その感情を言葉にしてみる。ベッドでゴロゴロする、好きな本を読む、どこかに行く、美味しいものを食べる、静かに音楽を聴くなど、労わる時間を作り、自分が今本当に望むことを少しだけ、人の目を気にせず、人の期待を気にせず、ひとりで実行してみる。

自分を責めてしまいがちな人は、内なる声が自分の希望を非難することがある、自分を励ます言葉を意識的にかけることが大切で、頑張ったから少し休もうなどの言葉を自分に向けて言ってみる。

<まとめ>

自立とは上手に依存すること。

人が育つ過程でもっとも身につけなくてはいけない能力のひとつ。

上手に人に助けてもらう能力=ヘルプシーキング能力という。

強いストレスがかかっても折れない人はこの能力に違いがある。

精神科医がこれほど重要なものはないと説いている。

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中世以来の祭祀組織である宮座

<心と身体を浄化>

新年が明けて、ようやく初詣に行って参りました。

かねてから行ってみたいと思っていた神社へ。

全国でも8棟しかない貴重なものらしい大阪府ではここしかない市指定有形文化財を拝見。

人も少なく、広い境内で焚き火にあたったり、中を散歩したり、まったり過ごせました。

おみくじを買ったら「吉」でした、悪くない結果。

本年も皆様にとって良い一年であります様お祈り致します。

春日神社について>

枚方津田地区の氏神様の神社です。

普段はひっそりとしていて落ちついた雰囲気が素敵な場所。

​社殿は春日大社の本殿と末社三十八所神社の二殿を譲り受けている。

普段は静かでひっそりとして落ち着いた雰囲気。

​秋になると祭りがあり、提灯と大太鼓や夜店で賑わい盛り上がるという。

<由緒>
​創建は嘉吉2年(西暦1442年)で、明治5年に村社となり、八王子権現社、治郎兵衛宮と合祀され明治41年に神饌幣帛料共進社に指定。
往時より神社固着の氏子の宮座(津田座、南座、兵衛座、四十人座)が輪番交代で御神酒御供を献じていたが、現在はその宮座は一組となり四座となっている。更に、侍座、杉植座、植元座、久和也座、親九郎座、横御鏡講、谷本座を加え、宗祐座が加わり、九座で毎年10月19日の御祭礼日に神饌を献じている。

中世の祭祀形式である宮座(各員が輪番で頭屋をつとめ祭祀を行う集団)が現存する数少ない神社なのだ。

素晴らしい。

<御祭神>

春日神社本殿:春日四神】

武甕槌命( たけみかつちのみこと)
経津主命( ふつぬしのみこと)
天児屋根命( あめのこやねのみこと)
比売神( ひめかみ)
末社若宮八幡宮
天押雲根命( あめのおしくもねのみこと)
須佐男之命( すさのおのみこと)
【御祭礼日】
十月十九日

家内安全・厄除け・諸祈願・社頭お祓い・出張祭典も承っている。

<まとめ>

平和堂アルプラザの裏にある小さな神社。

神社の外側は木々が生い茂り、緑で囲まれており、年季を感じる境内の中から一歩外に出れば平和堂が聳え立ち、ガラッと空気が変わります。

秋祭りやどんど焼きなど行事もあるそうで、ただ、普段は無人になっている。

予約をすればご祈祷などはして頂けるそうだ。

【動画】https://youtu.be/-jxDzBAtOQ8?si=fwIKiwt4oP9njBxs

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