人間の心理

心理学から紐解く人の心理

「心理的安全性」

<管理職の苦悩>

心理的安全性をと言われても、管理職の苦悩を考えると、かなりの負担。

多方面からのプレッシャーから身を守るには、3つのポイントがあるという。
職場の心理的安全性が求められる中、管理職自身の心理的安全性が脅かされていると昨今言われ、職場に心理的安全性を、と言われるほど、プレッシャーが掛かり、内心、そんな思いを持つ管理職が増えている様だ。

<現場でよく聞かれるリーダーの悩み>

とある書籍、マネジメントに役立つ「心理的安全性がよくわかる本」というのがあるが、これによると、現代の多くのリーダーは、終わりの見えない業務量、世代や価値観の異なるメンバーの育成、上司や経営からのプレッシャーなど、息つく暇もなく全方位から襲われるような心理的不安感に苛まれているという。

上司の心理的安全性なくして、職場の心理的安全性無し。

職場を心理的安全な場にしたいのであれば、まず、リーダー自身が心理的安全な状態をつくることが必要不可欠だ。

多くのリーダーは、多方面からのプレッシャーに苛まれながら心理的不安を抱えており、部下のマネジメントは世代間ギャップやリモート環境などで難易度が高まり、上司や経営からは目標達成のプレッシャーをかけられ、横の他部門からは納期や品質への高い要望があり、不安は尽きない。

<脅かされる上司の心理的安全性>

部下側の立場からのみ語られてしまう心理的安全性に対し、自分の心理的安全性はどうなるのかと、必然的に疑問を抱く現場管理職は考えてしまう。

リーダーは、部下や周囲に大きな影響力を与える存在、自身の心理的安全性を確保出来ていない状態で、部下や職場に心理的安全性の重要度をいくら説いても虚しく空回りしてしまう状態は想像出来る。先ず、自分自身を心理的安全な状態にすることから始めるべきだ。

リーダー自身の心理的安全性を高める為には、レジリエンスを高めていくことが必要。

つまり困難な状況に直面しても心折れることなく自ら回復して乗り越える力が必要で、日々、様々な角度からプレッシャーという名の困難やストレスがかかり、自身の心理的安全性が脅かされているリーダーが、それらを跳ね返すレジリエンスを養うことは必須だ。

<3つのポイント>

レジリエンスを高めるには、3つのポイントが有効。

①足るを知る。
ストレスやプレッシャーの要因となる「困難」は、外部から一方的にかけられるものと認識しがちだが、責任感や向上心の人一倍強い完璧主義のリーダーこそ、自ら困難の度合いを高めている。

②完璧主義から完了主義へシフトする。
ほどほどで終える完了主義者のこと。

完璧主義に陥ると一切の妥協を許さず、品質にこだわり、他人や部下に任せずに責任を抱え込み、毎回オーダーメイドで依頼主の期待に応えようとするが、完了主義者は、常に相手基準で、相手の期待を上回る合格点を取れれば、自分基準の満点は取れなくとも良いと考え、絶対に外せない要点は押さえつつ、協力者と責任を分担し、時には、他で上手くいった知恵を転用するなど効率性も実現。

自ら抱え込んで困難を大きくしてしまう完璧主義から脱却するべし。

③心のポーズボタンを押して最適な選択をする。
生活の様々な瞬間で、選択を迫られる時、起こった出来事に対して、剥き出しの感情に任せて反応すると、自分は元より周囲の心理的安全性も阻害されてしまう。

怒りの情動を発動する前にワンクッション置いて心のスペースを空ける一時停止の様なボタンを押すことが出来れば望ましい未来への最適な思考の選択をすることが可能。

<まとめ>

多方面からかかるプレッシャーから身を守る為には、3つのポイントがあるということ。

それは、レジリエンスを高めるということ。

完璧主義よりも完了主義に徹すること。

心のポーズボタンを押して最適な選択をすること。

人間の心理は複雑でもろいもの、心理的コントロールを上手く行えれば、最良の結果も見えて来る。

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「地震に対する脅威心理」

<その瞬間まで>

誰もがゾッとするのは間違いないが、その地震がおきる瞬間までは仕事や学校に行って生活費を稼いで生きている。
普通の生活者である自分達に出来る事といえば、数日間の非常食、避難袋を用意しておく事と、携帯電話が通じない時の家族間での連絡方法や集合場所を決めておくことくらいだろう。

後は、週刊誌を読んで不安になるよりも、いつかは誰もが必ず迎える「その日」まで、やりたいことを先送りせず楽しく仲良く生きる事だと自分に言い聞かせるなんて事は誰でも思うのではないか。
<3.11の当時>

知人が都内の高層マンションの20階以上に住んでいて、長周期地震動によって部屋全体がぐるぐると円を描くようにゆっくり大きく揺れたそうだ。
エレベーターも数日間停止し、買い出しに外に出るにも非常階段のみ。

ここはもう住めないと都内から離れた戸建てに引っ越したそうだ。
災害時にすぐに外に出られるか…

これは、高確率でキーポイントになる。

<被害想定>
近年、首都圏が危ない、と言われて久しいが、実際、人口密度の高い地域で大規模地震が発生したら、想像できないくらいの被害だろう。
ただ、首都直下、南海トラフ、いずれも危険度が高いのは事実だが、そちらにあまりにもフォーカスされ過ぎて、それ以外の地域の危険性が後回しになったのではないか。
先月の能登地方も危険性は10年前に指摘されていたというのに、耐震化への働きかけは無かった。

映像では木造家屋の被害が多く、やはりもっと対策が出来たのではと思う。

五輪、万博と巨額イベントにはどんどん金を使うのに、老朽化したインフラ整備は後回し。

これも自民党の利権政治が影響し、変な所にお金が回るのではないか。

本気で老朽化対策を講じてほしい、少子高齢化であっても住民は普通の暮らしが続く以上、税金の使い道の優先順位を考えるべきだ。
<まとめ>
まだ災害が起こってない場所では、防災の備えを確認するとか、家具を固定しておくとかによって、心配を昇華するのが今出来る事のひとつだ。

被災時は、津波で流されたり、家が焼けたりする。多くの人が準備をすれば助かる人も多くなる。

ただ、助かってから、生き抜く戦いが始まる。

物は壊れたり無くなったりするが、災害時の為の知識を記憶してれば、忘れない限り役に立つ。

人の心理とはそういうものだ。
心配だけして、何もしないよりはずっと良い。

【被災者への祈り】

https://youtube.com/shorts/SLeUba2ujpc?si=3Wns2fwkCNR6utHP

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「見逃してはいけない初期サイン」

<笑顔鬱の症状の共通点>

見逃してはいけない初期サインについて。

うつ病は、生涯有病率が約6%であると報告されており、精神疾患の中でも身近なものと考えられている。

うつ病の初期サインとしては、気分の落ち込みが続く、動作が遅くなる、表情が乏しくなるなどがあげられ、身体症状に、倦怠感、睡眠障害、食欲低下、頭痛、動悸、自律神経症状が表れることがある。

なかでも「笑顔鬱」と呼ぶ鬱病が最近メディアでも取り上げられているそうだ。

この病名は正式病名ではなく、笑顔を作れるけども、鬱症状に悩む人意外なほどに多いという。

身体症状が目立ち、その背後にある抑鬱症状に気付かず、適切な治療に繋がりにくい人もいる。

患っている本人も、単なる疲れや気持ちの持ちようで済ませてしまうことも多いため、重症化するリスクも高いという。

笑顔鬱のサインと考えられる様々な要因と初期サインについて考える。

共通する「体調」「精神」「行動」に表れる初期サインとは…
笑顔鬱はどちらかと言うと、精神症状よりも身体症状の方が目立つことが多い様だ。

最近疲れやすい…

よく眠れない…

食欲がない…

などの症状が表れているにも関わらず、たいしたことではないだろうと適切な対処をせず放置していると徐々にイライラや不安など、精神症状が表れる様になる。

重症化すると自殺念慮が生じることも珍しくない為、注意が必要だという。

<体調面>

睡眠→寝つきが悪いのに夜中に何度も目が覚めたり、朝早くに覚醒したりし、眠れなくなる状態が続く。
食欲→多くの場合、食欲がなく何を食べても美味しいと感じない反面、食欲が急に増えると言った症状が出る時もある。
体重→食欲の状況に応じて体重が減少もしくは増加。
疲労感→朝からだらりと疲れていることが多く、頭・肩・首が重い、痛いなどの症状が表れる。
起きた瞬間からつらい症状を感じている為、仕事や学校、家事・育児がおっくうに感じる。

<精神面>
憂うつ感→気分が落ち込み、何ごとにも悲観的な思考を持ってしまい、前向きになることが難しく、自分自身に対して自信を喪失してしまう。
おっくう感→何に対しても興味を持てず、やがて心が動かなくなる。
不安感→焦燥感や苛立ち、焦りなどが込み上げ、ループする。

<行動面>
遅刻や欠勤の増加→会社や学校に行くことがおっくうになり、遅刻や欠勤が目立つようになる。
身だしなみに気を配らなくなる→髪や服装、持ち物などから周囲が異変に気付くこともあるが笑顔うつの時点ではそこまで乱れていない。
笑顔鬱は、初めはつらい気持ちの内面を抱きながらも笑顔で人と接することが出来るが、症状が進むと人との接触を避け、口数も減る、笑わなくなる。

否定的な発言が増え、徐々に深刻化する。

<関係しやすい様々な要因>
笑顔鬱・鬱病を患う背景には病前に几帳面で頑張り過ぎる、自分で抱え込みやすいなどの性格傾向があり、そこにストレスが重なり発症に至ると考えられている。

ストレス→過労や職場・学校などでの対人関係、家庭内の問題などと言ったマイナスの要因だけではなく、進学、就職、結婚、昇進など環境の変化も心身ともに負担がかかり、発症に関係しやすい。

女性の場合は→ホルモンバランスが乱れやすい為、月経前症候群更年期障害鬱病の発症に影響する。

細かく分けると…

・職場・学校・家庭などでの対人関係
・本人の性格や気質、行動パターン
・役割の喪失
・親しい人との喪失体験
・病などの慢性疾患
・社会的風潮
・環境の変化
・ホルモンバランス
・育った環境

<最優先される治療法は>
鬱病は様々な要因が重なり発症する為、発症の原因を突き止めることは難しいと言われている。

だから治療で優先されるのはズバリ「休養」だ。

身体的には休んでいても、自責感や抑鬱気分が心を占め、本当の意味で休めていない場合も多く、先ずは目の前のストレス要因から離れ、心身ともに休養できるような環境を整えていくことが重要。

又、笑顔鬱の受診の目安は鬱の同様に、体調面、精神面、行動面での症状が10日~2週間以上続く場合、速やかに医療機関を受診。

この場合、精神的な症状が目立たない為、心療内科や精神科を選択することにためらいが起き、内科などで治療を受けてしまい、症状が改善されない。

つまり、心療内科や精神科を選択肢に入れのは必須。

<まとめ>
笑顔鬱からくる身体症状は、気合で治そうと思っても難しい為、適切な治療を受けることが望まれる。

何らかの症状に思い当たる場合、初期症状や受診の目安を参考に医療機関の受診を検討するべきだろう。

他人の顔色ばかりみてクタクタだったり、自分の意思で生きられない人、いつも後悔し、毎回反省する人。

どうか、自分軸で気楽に生きられる様に願う。

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「失った15年」

【始めに】

令和6年能登半島地震により亡くなられた方々に哀悼の意を表し、ご遺族と被災された方々に心からお見舞いをお伝え致します。

そして、救助、復旧活動に取り組まれている関係者の方々に対し、敬意を表すと共に安全を祈念申し上げます。

 

 

<ある女性の人生>

働けない自分に価値はない…

パニック障害で失った15年。

惨めだった生活保護暮らしから社会復帰目指した49歳女性の足跡の話。

美保(仮名)さんは今、日本の雇用労働者の4割を占める、パートや派遣などの非正規雇用だ。

不安定な働き方や低賃金は貧困に繋がる場合がある。一方で、正社員以外の多様な働き方を必要とする人もおり、その仕事や暮らしからは、社会が抱える問題は多義にわたる。

<突然の発作>

ある日突然、自宅で突然息苦しくて心臓の鼓動が…

長野県の北信地方に住む美保さんはまだ49歳、自宅で突然呼吸が苦しくなった。

全力疾走した後の様に心臓がばくばくし、冷や汗が出て、十数分はその状態が続いたという。

鼻づまりが原因かと思い総合病院の耳鼻科を受診したが、心療内科で不安障害と診断。

その後、別の医療機関パニック障害と告げられる。

元来心配性で不安感が強い性格の美保さん。加えて、それまでに積もり積もったストレスが発症の背景にあったと思っている。

<職場で自分を否定されストレスで発作>

美保さんは県外の短大を卒業後、20歳で食品関連会社に正社員として就職。

事務を担当していたが、先輩方は厳しく仕事を覚えきれず「前にも教えたよね」と嫌みを言われ、仕事が遅いと叱られた。

昼休みも働く日々が続き、泣きながら出社するようになり、3年で辞める。

その後、別の会社に転職し1年ほどで結婚を機に退職したが27歳の頃に離婚。

そして、短期のアルバイトや派遣の仕事をしながら生活していた頃、初めてパニック発作が出る。

職場で自分を否定され、離婚も経験して自信がなくなっていたという。

<また発作が起きたらと不安に>

抗不安薬などの薬物治療をして1年、治ったと思いスーパーでアルバイトを始めるも、すぐに発作が出る。

仕事に出かけようと自宅を出る前や帰宅した時、呼吸が苦しくなり頭がおかしくなりそうな感覚に襲われ、また発作が起きたらどうしようと不安のあまり外出出来なくなり、退職する。

収入のない身で両親と実家で暮らし、肩身は狭く、更に体が重く起き上がれず日常生活もままならない状態に…

ただ、外見上は問題がない様にに見える為、両親は働けない事を疑われ、兄弟からも非難された。

<自分には価値がないと膨らむ思い>

塵芥だと思ってしまい、自分には価値がないと思う気持ちが膨らんだ。

両親と普通に会話をしていても内心では仕事に関する話題は出ないでくれと願っていた。

仕事しないの?と両親に聞かれたら、分かってると生返事をしてやり過ごした。

美保さんが40歳になる頃、父が癌になり、母の持病もあり、両親の世話をする様に…

2017年に父が、19年に母が相次いで死去後は2人が残した貯金で生活。

外出はスーパーへの買い物や自身の通院、ペットの猫達の為に動物病院に行く程度になった。

<気が付けば生活保護を受ける様に>

深い喪失感から立ち直ること出来ずにいると21年6月、飼い猫が死ぬ。

数匹の中で特に大切にしていた猫だった。

美保さんを癒やしてくれた存在が消え、気力が湧かなくなり、気付けば貯金はほぼ無し、22年春には障害年金の支給を申請したが条件が満たされないと却下。

夏から生活保護を受け始めた。

生活保護では医療費の自己負担がなく、窓口で支払いがなく惨めだった。

車の運転は禁止、行動が制限され、自由がないとも感じた。

パニック発作への不安やうつ状態から働くのは無理と思っていた美保さん、しかし生活保護を経験し、現状を脱したいという気持ちが上回り、復帰に向けて動き出す。

働くことから遠ざかって15年、美保さんは社会復帰を目指し、動き始めたという。

<社会復帰へ>

北信地方医療機関を訪れる美保さんに3週間に1度の心療内科の受診日がある。

臨床心理士が近況を尋ねると、美保さんは月曜日は気が重いけど、何とか過ごしていますと返答。

美保さんは現在、1日6時間勤務の事務職で働いており、電話応対が苦手で緊張するが、書類作りなどの仕事には徐々に慣れてきたと感じているそうだ。

パニック障害を発症し、長年働くことが出来ず実家で両親と暮らした美保さん、父母の病死後に困窮し生活保護を受け、現状から抜け出したいと思ったことが社会復帰への原動力となったのだろう。

<自信になったデイケア

自分の癖を知る機会になる。

先ず始めたのは、通院先でデイケアプログラムに通うこと。

だが、いざ始めるまでも美保さんの不安は強かったと小百合さんは振り返っている。

無理だと思いがちな美保さんに対し、途中で帰ってもいいと安心を保障。

週3日のデイケアプログラムを開始すると、朝から昼食を挟み夕方までの日程をこなすことが出来た。

半年間通い続けた経験は、美保さんにとって大きな自信になったという。

<まとめ>

プログラムの内容はコミュニケーション力を高める講座や医師の話など様々。

その中で集団認知行動療法は、考え(認知)と行動を見直すことを通して気持ちや体調を整える狙いがあり、患者10人ほどで自分の近況をテーマに意見交換。自分の認知の癖を知る機会になったと美保さん。

気分を変えるには、行動をしてみるといったストレスへの対処法も学んだ。

時々発作は起きるが、ぐるぐる考えるのを辞められず、半年ぶりにパニック発作を起こし、不安を臨床心理士に打ち明け、生活スタイルを見直さ事で現在の仕事は1年ごとの更新。

パニック発作の不安とうつ病も抱えて出てくるのは不安ばかりにならあえて、将来のことはあまり考えず、とにかく1日、頑張ってみる、そんな毎日を重ねている。

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「子ども達の心が壊れない為に」

<集団生活で学意義>

子どもたちが集団生活で学ぶ意義は大きい。

ただ、協調性=集団に合わせる、ということではなく、

学校で集団生活を送ることで、コミュニケーション能力などの協調性を身に付けられる。

集団の中で自分はどのように立ち振る舞えばよいのか、どうすれば自分の能力を最大限発揮できるのかなど、将来職場のチームで働く上で大切なスキルが学べる。

これらを学ぶ意義を最大化するには、集団の中に個性を大切にし、尊重する文化が必要で、一つの集団の中に考え方や文化の違いがあってこそ、コミュニケーションの重要性が分かるのだ。

しかし、日本の学校は個性や違いを嫌う傾向にある。学校生活にはたくさんの規則があって、見た目、行動、勉強内容、勉強時間まで、みんな一緒を求められいわゆる「集団に合わせる」ということが、集団生活で学ぶべき価値だと言わんばかりだ。

この考えには真っ向から反対したい。

何故なら、みんな一緒を求めることの大きな弊害が二つあると考えるからだ。

<個性を潰す方向に向かってしまう>

ひとつは、教師の意識が集団に合わない個性をどうなくすかに向かうことだ。

みんな一緒を実現するには、集団をそろえるための基準が必要となり、教師によって指導に差が出ないように、統一した基準が作られる。

そして、基準が作られると集団を統一することが目的となり、教師の意識は「集団に合わない個性をどうなくすか」に向かってしまう。

つまり、その最たる例が校則で、校則はルールの意味よりも、集団を統一することが目的になっている。

みんなが同じ見た目に揃うように、膨大な労力をかけて指導され、子どもは自分の個性よりも、周りに合わせることを優先するようになり、自己主張が苦手になっていく。

にもかかわらず、社会に出ると「自分で考えてやりたいことをやれ」と言われるから無茶苦茶だろう。

何でもかんでも統一して、個性を潰す教育に未来は無いのではと思う。

<空気が読めない子が排除される>

そして、もうひとつは、集団に合わせられない子が排除されることだ。

「空気が読めない子」と言われるのだ。

集団に合わせるのが苦手な子がいる、この「空気が読めない」という言葉の理由は、「空気」とは集団の中でも一部の影響力がある人間、もしくは多数派のグループが作り出したものであり、それを読むほどの価値はない。

ある学級でレクリエーションの内容を話し合い、内容が多数決で鬼ごっこに決まる。

当然鬼ごっこをやりたい子たちは全力で楽しむが、走るのが苦手な子は参加こそするけど、心から楽しめないかもしれない、それなのに多数派からは「あいつはノリが悪い」「空気が読めないやつだ」と言われてしまった、この様な事例は、それがいじめの原因にもなるだろう。

そんな時に「みんな一緒」を教師が強く訴えれば訴えるほど、周りに合わせるのが苦手な子を排除する空気が教室に充満していくのだ。

<休まないことが立派なのか>

日本は世界と比較して、会社員の有給休暇の取得日数が少ない。

厚生労働省の調査によると、休みにくい最多の理由は「みんなに迷惑がかかると感じるから」

「自分が休んだら誰かに負担がいってしまう」

「お互いに気を遣って休めない」など。

みんなが休めればお互い様だと思うのだが、およそ休みにくい空気が漂っている。

これと因果関係は断言出来ないものの学校では休まない子が立派という文化何培かわれる。

欠席日数が高校入試に関係したり、休むと授業に付いていけなくなったりする。

皆勤賞が表彰され、休まない子が先生から認められると、休みにくい雰囲気ができる。

休まずに頑張っている子は確かに立派だと思う。

ただ、それと比較して休んだ子が悪いとか、不利になることは間違っており、休みにくい雰囲気が助長されて、子どもを追い込んでしまう危険がある。

<皆勤賞なんて必要ない>

例えば、悩みごとを抱えている子が、思い切って親に「今日は休みたい」と伝えたとする。聞いた親は驚くだろうが、頭の中に「学校を休むと不利になる」という意識があると「もう少し頑張ってみたら」と説得してしまう。勇気を振り絞って相談したのに、休ませてもらえなかった子どもは、逃げ道をなくす。

実際に同様の事例はあり、不登校になったり、いじめの発覚が遅れたりすることがある。

休みにくい雰囲気が子どもと親の余裕を奪い、子どものヘルプのサインを見逃すことにつながる。

子どもも親も休みやすい環境があれば、話を聞いてあげる余裕が生まれるのではないだろうか。

その為には、休むことに対して、学校側のスタンスを変えることが重要だ。

むしろ皆勤賞なんて必要なく、大人と同様に年5日くらいの自由休暇があっても良いのではないか。

自分で休むタイミングを考えるということが大切で、休む理由も体調不良である必要はない。

家族旅行で休む子がいても良いし、平日にしか親が休めない家庭もあるのだから、周りがとやかく言うのもおかしい。

<苦しいときは休むべき>

自治体や受ける学校によって違う入試への影響の度合い。

私立の入試や推薦入試の場合には、欠席日数が影響することも多いが、年数日休んでも影響がない場合が殆ど。

詳細は各校の募集要項に書いてある。

不安に思う親を減らすために、学校が正しい知識を伝えるべき。

学校の授業はみんなで同じ内容を同じ時間に学ぶので、一日休めば授業が先に進んで、周りと差が生まれてしまうことが休みにくい理由になっていた。

ただ、今はタブレット端末が一人一台配られ、授業の様子をデータで残せるようになったので学習ドリルや動画で後から学び直すこともできる。

無料のコンテンツも多くウェブ上にある。休んだ日の授業を補う方法がいくらでもあるので、昔よりも休んだ子への支援ができる。

休むことは、心身の健康に大切な時間、休まずに無理して心が折れると、立ち直るのに数年かかる。

<まとめ>
みんな仲良しクラスは目指さない。

目指すべきは、誰も傷つけないクラス、適切な人との距離感の実現。

集団生活で学ばせたいことは、空気を読んで嫌なことを我慢する力ではなく、自分の気持ちを相手にうまく伝える力。

苦しいときは休んでいいという選択肢があるだけで、安心できる子がいる。

大人が子どもから「休む」という選択肢を奪ってはいけない。

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「学校の在り方を考え直すべき」

<全ての責任を背負い込もうと>

「ばばも死ぬから、死んで」78歳の女性は苦悩の末、孫の首に手を掛けた。

発達障害不登校、暴言と暴力、すべての責任を背負い込もうとしてとった行動が悲し過ぎる。
<事件が起きた住宅>

千葉県内に住む78歳の女性は、自宅で寝ていた孫の男児(9)に静かに近づき、用意したロープを首の後ろに通す。

すると孫は目を覚まし、驚いた表情を見せる、それでも女性はかまわず、無我夢中でロープを引っ張った。

育児に悩みか、命に別条なし。

なんとか逃れた孫は外に飛び出して行き、ひとり残された女性は自分で110番し、電話口で、悲哀に満ちた声でこう告げたという。

「私、孫の首絞めたんです、もう悩んで悩んで…」

離婚した息子夫婦に代わり、母親役となって孫の育児に一生懸命だった祖母。

なぜ最悪の行動に出てしまったのか。裁判の中で、家庭内での暴言や暴行、学校でのトラブルの連続に苦悩を深めていった状況が明らかになった。

<母親不在の子育て>

千葉地方裁判所の公判で判明した内容によると、女性は当時、夫と長男、そして長男の子である孫と4人暮らしだった。

長男は、孫が3歳の時に離婚。

長男の仕事は介護職でシフト勤務のため、家を空けることが多く、その為、孫は主に祖父母に育てられた。何事にもきちんとした「ばば」が寝食や身の回りの世話を担い、おおらかな「じじ」は祖母のサポート役や遊び相手になった。

孫は保育園を卒園する間際に「自閉症スペクトラム(ASD)」と「注意欠陥多動性障害ADHD)」と診断された。

小学校に進学したものの、周囲とのコミュニケーションは上手く行かない。

小2からは特別支援学級へ…小3になって通常学級の子どもと一緒に授業を受けるようになったが、その頃から学校へ行くことを露骨に嫌がるようになった。

その理由を、孫は祖父に打ち明けている。

「学校に行っても、怒られに行くようなもん」

クラスの児童と喧嘩になると、先生は相手の子をかばい、孫が一方的に悪いかの様に扱われる。

<孫の暴言と暴力>

祖父は法廷でこう証言している。

「孫が学校で受けたストレスは、一方的にばばにかかっていた」

生活リズムを正すよう祖母から注意を受けると、うるさい、しつこいと反発、言葉は成長するにつれてエスカレートし、死ね、出て行けとまで言うようにり、やがて暴力も振るうようになる。

身長150センチと、小学3年にしては恵まれた体格で、力は強く手加減もない。

千葉県警香取署の見解>
夜はゲームばかりでなかなか寝ようとせず、結果として朝は起きられす、遅刻や欠席が増えた。

真面目で責任感が強い祖母は、孫の将来を強く不安視するようになる。

一方で、主治医は一貫して、学校に行くことを押し付けないよう指導、祖父も賛同し、暴言や暴力を受けることがあっても病気のせいだと捉え、さほど問題視はしなかった。

ただ、性格が生真面目な祖母は違った。

凶悪事件のニュースを見るたびに悪い想像が膨らみ、いつか孫も事件を起こしてしまうのでは…

祖母はこの頃、長男にこうこぼしていたという。

孫のことを考えると、ご飯ものどを通らないし夜も眠れない。

子育ては大人3人で分担していたはずだったが、いつしか祖母ひとりが抱え込み、思い悩む状況に陥る。

孫が不登校状態になると自宅で祖母と2人きりで過ごす時間が増え、暴言や暴行は毎日のようにあった。

祖母はスクールカウンセラーにいろいろ相談していたが、相談内容が学校側に一切共有されていなかったことが判明。

これまで相談していたのは、一体何だったんだろうとひどく落ち込んでしまう。

<事件前日「限界です」>

事態は悪化していく。

孫がかんしゃくを起こし、祖父の左ほおを突然、平手打ち祖母はショックを受けた。

自分も幼い頃、戦死した父に代わり祖父母に育てられた経験がある。

孫が祖父に手を出すのは考えられないことだった。

孫はさらに「出て行け!」と暴言も吐いた。

見かねた祖父は、祖母をレストランに連れ出した。

「私、もう限界です」

2人で静かに食事をした帰り際、祖母がぽつりとつぶやいた。

これまでも「疲れた」「楽になりたい」という発言を祖父は聞いていたものの「限界」という言葉を耳にしたのはこの時が初めてだったという。

相当追い詰められているんだなと思ったが、まさか翌日に事件を起こすとは思っていなかった。

翌27日朝、長男と祖父は既に外出していて、祖母は自宅で段ボールをまとめる作業をしていた時、物置の棚にロープを見つけた。

それを手に取って孫の寝ている和室に向かい、犯行に及んだ。

110番を受けて警察官が駆け付けた時、祖母はそのロープをクローゼットのポールに掛け、首をつろうとしていた。殺人未遂容疑で逮捕された。

<再出発>

事件後のある晩、祖父と一緒に寝ていた孫は、突然泣き出したという。

「ばばは僕を真剣に怒ってくれたんだ」

「大きくなって何でもできるように」

「僕はばばの気持ちを分かってあげられなかった」

「僕が原因なんだよ」

祖父は公判で孫について聞かれ、涙を流して訴え、本当は優しい子なんです、今すぐにでも祖母に会わせてやりたい。

勾留が続く祖母にも変化が見られ、再出発出来る様に向かっているという。

<まとめ>

不登校の子どもについては、学校に無理に行かせなくていいというのが今の時代のスタンダードになった。
でもその根拠や、学校に行かない子どもを誰がサポートするのか、そしてその後どうするのかについては、確固たるものがない。
確かに学校で凄惨ないじめに遭っている子どもは、無理やり学校に行く必要はない、ただ、不登校の子ども全てがいじめに遭っているわけではない。
学校の在り方について、もう少し真剣に取り組む立む必要があるのではないか。

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「未来ある子供達を守れ」

<子供の心に大きな影響>

死にたいと訴える子どもはコロナ禍前の1.6倍、相談相手が少なく悲惨な状況。
希死念慮の状態があると診断された子どもの人数は、
コロナ禍は、子どものこころにも大きな影響を与えたが、一方で思春期のうつ病は正確な診断が難しい上、専門医も少ないといった課題があるという。

しんどいが言えずに家出するケースが多いそうだ。

<自殺者は過去最多の記録   >

2022年の小中高校生の自殺者は514人と、過去最多を記録し、この514人を含む19歳までの1006人のうち、原因や動機がうつ病とされたのは79人だったそうだ。

国立成育医療研究センターが全国の子どもの心を診る医療機関を対象に調査をした結果では「死にたい」と思う希死念慮の状態が外来で見られると診断された20歳未満の子どもは、22年度は214人いた。

調査を開始した19年度と比べると、1.6倍に増えているのだ。

自殺を図った自殺企図者も22年度は110人と、19年度の1.7倍に増えていた。

21年末の別の調査によると、小学5年生~中学3年生に抑うつ症状が見られる場合に相談するかどうかを尋ねたところ、アンケートに回答した2325人のうち、相談せずに様子を見ると答えたのは小学生の25% 中学生の35%にのぼっている。

うつ病への入り口>

日本うつ病学会のガイドラインによると、気分が落ちたり興味がなくなり「死にたい」という希死念慮があるなど9項目の指標のうち、2週間以上にわたり5項目以上の指標があり、仕事や学校生活に何らかの影響を起こしている場合に「うつ病」と診断される。

思春期の場合、イライラもその指標に入っている。

ただ、気分が高ぶり活動的になる躁の時期とふさぎ込む抑うつの時期を繰り返す双極性障害を発症しやすい年代でもあり、正確な診断が難しいという。

思春期に抗うつ薬を使うと、希死念慮自傷行為が増えたという治験結果もあり、薬を使うかどうかは患者の状態に応じて慎重に判断されている。

思春期のうつ病と診断されても、その後、双極性障害に移行する子もおり、その都度の評価が必須なのだ。

<ドクター不足は拒めない>

現在、子どものこころを見る児童精神科医は少なく、初診まで半年~1年ほど待たなければならない例も多いという。

児童精神科医不足については、国も解決しないといけない問題。

成人と小児のはざまにある思春期の患者は、成人の精神科と児童精神科、どちらの科からも診てもらえないことがあるという。

<まとめ>

少子化そのものの原因と重なる。

いずれもまさに国家が抱える問題。
政治が暮らしの安定に作用していない証拠。
状況悪化に関しては、たしかにコロナ禍は大きな要因だがコロナ以前から在る問題。

子供の数が減っているのに、死にたいと思っている子供の数が増えているのは最悪だろう。

この国がずっと放置してきたツケが一気に回ってくる時にはもう遅い。痛みを抱えながらも、長い歳月をかけて、子供が子供らしく育っていける社会を目指さないといけない。

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「それは古代から証明されていた」

脳科学者が考える運の良い人>

紀元前の時代から証明されているというある行動。

それは、運の良い人は能力の高さで決まるわけではなく、他者に対する行動で大きく決まる。

つまり科学的に運のいい人に共通する行動パターン。

一体どういうことなのか?

<座る前に周囲への配慮が出来る?>

例えは、仕事帰りの込んでいる電車で、自分が立っている前の席が空いた時、自分が座ってしまう前に、周りにお年寄りや妊婦さんがいないかを確かめることができる人。

他には、雨の日の狭い道、人とすれ違うときに、相手に傘がぶつからないように、そして傘から落ちるしずくで濡れないようにする為、丁寧に傘を傾けることができる人。

仕事でトラブルが起きた時「私はできることはやりました」と言い張るのではなく、「私にミスはなかっただろうか」「私がもっとできることはなかっただろうか」と考えられる人。

<どう在りたいか>

例えば、こんな人、要は、自分さえよければいいと考えるのではなく、しっかり他人のことを思いやれる、ここぞという場面だけでなく、日々のちょっとした出来事の中でも、他人のことを思いやれる人。

実は、これができる人が運のいい人、ともいえるのだという。

<このことは生物の歴史が教えてくれている>

脳が小さい現生人類はなぜ生き残れたのか。

私達の現生人類(ホモ・サピエンス)の亜種とされているひとつに、ネアンデルタール人がいる。

ネアンデルタール人は、いまから約20万年前から3万年前までに、ヨーロッパや中東アジアに住んでいた。

ネアンデルタール人がなぜ絶滅してしまったのか。

その謎はまだ明確になっておらず、一説には、現生人類の一派であるクロマニヨン人の攻撃によって絶滅したとされている。

ネアンデルタール人と現生人類の脳の大きさを比べると、ネアンデルタール人の脳の平均的容積は男性で約1500ccなのに対し、私たち現生人類は約1400ccと、ネアンデルタール人のほうが大きい。

つまり少し前までは脳の小さい現生人類が生き延びることができたのは、ネアンデルタール人よりも攻撃性があったから、という説が有力視された。

ところが最近の解釈は変わりつつあり、脳全体の大きさは現生人類よりネアンデルタール人のほうが大きいのですが、脳の中の前頭葉という部分は、現生人類のほうが大きいということが分かったという。

<人間らしい思考>

前頭葉は、人の言語活動、運動、精神活動などを担う部分だが、前頭葉の中でもとくに前頭連合野は、思考や創造を担当する重要な部分で、未来を見通す力、それに基づいた計画づくり、利他の概念、社会性など、人間らしい思考を行うのだ。

運の良い人は、みなと協力できる社会性を持っている

つまり、現生人類が生き延びたのは、ネアンデルタール人より社会性に長けていたからだという見方が有力となっている。

男性ひとりが生き延びるのは、弱い女性や子どもを含めた共同体が生き延びていくことより簡単。

自分さえ強くなり、オオカミなどの敵から逃れ、自分だけの食料を確保できれば、それで生き延びることができる。

だがヒトとして種を残していくためには、弱い女性や子どもも守らなければいけない。共同体として生き残らなければならない、その為には、皆で協力して生き延びようとする社会性が必要になって来る。

ネアンデルタール人は、その社会性を持っていなかった為に進化のゲームで負けてしまったという。

<生き残るということ>

会社や個人の商店などをみてもそうだが、生き残るというのは、ひとつの運の良さといえる。

そしてその生き残りのコツを、ネアンデルタール人と現生人類の脳の差が教えてくれているのだ。

そのコツとは、他者を思いやること。自分さえ良ければいいと考えるのではなく、お互いを思いやり、みなで協力して生き延びようとする社会性を持つことだったのだ。

<運気を上げるコツ>

それは、他人を素直にほめる、運の良い人は、他人をほめるのが上手だ。

しかも、ただほめるのではなく、他人のよさを素直にほめる。

さらに、すごいな素敵だな、などと思ったことを、すぐに本人に伝えれること。

例えば、友人の着ている服が素敵だなと思ったら、その場で、今日の服、すごく素敵だねと言う。

友人の考え方が素晴らしいと思ったら、その考え方が出来るってすごいねと言う。

<まとめ>

他人を素直に正しくほめられる人は、他人から好かれるようになる。

では何故、人は誰かににほめられると、その人に好感を抱くようになるのか。

それは、もともと人の脳が誰かにほめられたり、評価されたりするという社会的報酬を好むからだという。

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「教育を再構築していく時」

<日本の学校教育システムは限界なのか>

子ども達が安心していられる居場所作りにおいて校内フリースクールはその一歩とも言えるという記事を読んだ事がある。

不登校の原因は、豆腐メンタルと親の過干渉などと言われている。

一方、子ども達が安心して過ごす為には、ただスペースがあればいいということではないという。

不登校約30万人という数字について、ある教育革命家の元教員は、あのつまらない場所にいればそうなるだろうなと思った、すでに学校制度は崩壊していると言う。

今のさまざまな問題の原因は、明治以来続いてきた日本の学校教育のシステムにあると言い、先生の役割についても、そもそも1人で40人近い生徒を見るには、かなりの講師としてのスキルと高度なマネジメント力が必要なのに教員はそんな教育を受けて教師になっていない。

しかも小学校の先生はどの教科も教えなくてはいけないうえに、英語やプログラミングまでささられる、どんなに学んでも、学んでも追いつくはずはなく、そのうえ保護者対応や事務処理までこなすことが求められる。

どれだけすごい人材を求めているのかと言いたいと力説している。

<素晴らしいマネジメント術>

その方は、自身も13年前に学級崩壊のクラスのサポートに入って以来、学級経営、心理学、コーチングなどありとあらゆる本を週に20冊は読み、学校以外の場所にも出かけて学び、学級崩壊をさせないマネジメント術を構築し、数々の学級崩壊に陥っているクラスを立て直してきたそうだ。

そして、退職後は未来学園HOPEを立ち上げ、不登校の生徒や保護者の支援をしながら、しあわせ先生塾を主宰し、先生にその方法を伝えている。

<大人の役割は道案内>

そして、子ども達と接するときに心がけているのは、その子の持っている可能性を信じることだそうで、そのうえで、あくまでも一人の人として接することだという、そんな大人の姿を見て、子ども達も次第に変化し自立していくのだそうだ。

子どもとの信頼関係はやはり重要なのだ。

<豆腐メンタル>

不登校の原因の11.4%が生活リズムの乱れ、遊び、非行、生活リズムの乱れは、原因の1位に挙がる無気力や不安にも影響を及ぼす。

10年くらい前から子ども達に変化が生じ、以前なら厳しい指導に対して反抗していたのに、今はちょっとした一言で心が折れてしまう、いわゆる豆腐メンタルだという。

原因は2つあり、1つは生物としての弱さ、体と脳が育つ大事な幼少期から、生活習慣が乱れて、良質な睡眠や食事が取れていないことで基盤ができていない為、生活リズムが整わない。

すると心をコントロールする脳の前頭前野がしっかりと育たず、友達のちょっとした言葉に傷ついてしまうのだ。

もう1つが、親の過干渉。

親子の関わり方は、不登校の原因に挙がっており、特に不登校になると、昼夜逆転など生活の乱れが見られるケースも多いが、この状況を悪化させないた為には、親子の信頼関係が欠かせないそうだ。

ただ、親だって壁にぶつかるのに、子どもにどんな言葉をかけたらいいのか、分からない。

良かれと思って逆の事をしていると気付かないといけないのだ。

つまり、子どもを導く役割を担う親も先生も、関わり方を学ぶ必要があるという事になる。

親の関わり方が変わると子どもは変わっていくそうだ。

子育てや教育に関わる人が、常識だと思っていることをアップデートしていくことが、問題解決には欠かせない。

<教育システムの見直し>

そのうえで、かの委員会は、教育システムの見直しをする時に来ているという。

学校の先生の多くが、不登校の児童生徒が増えている理由として、学校のこうあるべきという枠からはみ出る子どもたちを異質と捉える大人の同調圧力が子どもたちを追い詰めているのではないか、この数字は、現状の学校システムが時代に合わなくなっていることの表れだ、という意見が相次いでいるという。

<まとめ>

何十年も前から国をあげて、教育委員会、学校が改善のための努力をしているにもかかわらず、悪化していく一方なのは、そもそも日本の学校の教育システムが合っていないからか。

子ども達ひとりひとりが主体的に学び方を選べる教育システムに転換する時だという。

だましだまし、続けてきた学校というシステムが軋み始め、限界に近づいており、教育相談体制などの対症療法も必要ながら、教育関係者だけでなく、保護者や当事者である子どもも一体となって、教育を再構築していくときに来ている。

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「不登校生徒を支える取り組み」

<過去最多の不登校人数>

不登校過去最多、日本の教育はすでに崩壊していると言える訳は、大人の同調圧力が子どもを追い詰めているという。
現在の不登校は29万9048人で過去最多を記録

小中学校における不登校児童生徒数は29万9048人と、前年度から22.1%も増え過去最多となった。

では何故こんなにも増えているのか、この数字は、登校しない又はしたくともできない状況にあるために年間30日以上欠席した者のうち、病気や経済的な理由による者を除いたもので、行き渋りといわれる子どもたちも含めると、実際にはもっと多くの学校にいけない子が存在するという。

<学校現場の状況や子ども達のリアルについて>

学校に通えない、通わない子どもの居場所、文部科学省が10月4日に発表した、令和4年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果によると、小中学校における不登校児童生徒数は29万9048人、前年度から5万4108人(22.1%)も増加し、過去最多。

小中高校などで認知したいじめ件数も過去最多の68万1948件となっている。

不登校の内訳は、小学校が10万5112人(前年度比29.0%増)、中学校が19万3936人(同18.7%増)10年前と比較すると小学生は3.6倍、中学生は2.1倍増となっている。

ただ、不登校の数にカウントされるのは、何らかの心理的、情緒的、身体的あるいは社会的要因・背景により、登校しないあるいはしたくともできない状況にあるために年間30日以上欠席した者のうち、病気や経済的な理由による者を除いたものなので、行き渋りといわれる子どもたちも含めると、実際はもっと多くの学校にいけない子が存在している事になる。

不登校の理由について、いちばん多いのは無気力や不安。

ついで生活リズムの乱れ、そしていじめを除く友人関係をめぐる問題、親子の関わり方と続く。

文科省は、新型コロナによる環境の変化が、子ども達にも大きな影響を与えていると分析し、共通施策として、個々の児童生徒の状況に応じて必要な支援や、スクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカー、関係機関との連携、アウトリーチ機能の強化による教育相談体制などを進めるとともに、これらを踏まえた取り組みを実施するため2024年度概算要求に予算を計上するとしている。

<そもそも論>

窮屈で画一的な学校の空気がしんどい…

実際、全生徒の約15%にあたる生徒が教室に入れない、又は入らないと決めているという。

公立中学校の先生は、この数字について、窮屈で画一的な学校の空気をしんどいと感じる子が増えていると感じているという。

元高校教師で、今は不登校専門家として活動しているNさんは、今の学校は、同じ硬い椅子に子ども達を無理やり座らせようとしていて、多様な子ども達に対応できていないとコメント。

自身も、かつては生徒には厳しく指導しなくてはならないと思っていたが、心理学や脳科学を学び、まず必要なのは、子ども達が安心して通える場所であることが最優先だと考えるようになったそうだ。

しかし、まだまだ多くの学校で、生徒を学校に合わせでいる感は強い。

ただ、学校にも変化の兆しはあり、そのひとつが学校内フリースクールとも言える場所を作る取り組みだ。

主体的な学びの実現のために、一斉指導を前提としたカリキュラムだけではなく、子どもの実態に応じた多様な選択肢と自己決定を意識した教育活動の推進を掲げて作られた。

こうした取り組みは全国に広がりつつあるという。

このように、自治体主導で居場所づくりが進められている地域以外にも、学校独自の取り組みとして、居場所づくりを実現している学校もある様だ。

<ほっとスペース>

大阪市立友渕中学校では、この学校にも学校に通えない、通わないという子ども達、そういう子達の居場所をつくりたいと1年かけて準備をし、今年6月に校内の図書室に「ほっとスペース」を開設。

開設にあたっての校内の反応は、おおむね好意的でこれまでも、教室に入れない子ども達のサポートを空き時間のある教員が行っていたからだという。

ホッとスペースは月曜から金曜まで開いていて、そのうち4日は心理士、養護教諭、教諭の資格を持ったNPO法人の職員が滞在、残りの1日は生活指導支援員が滞在、専任のスタッフがいるほっとスペースがである事で、子ども達にとっては安心して過ごせる場所が校内に確保できたと同時に、教員の働き方改革にもつながる取り組みとなったのだ。

<まとめ>

これらの校内フリースクールには、決まった時間割はなく、何かをしなくてはいけないという決まりも無い。

一見、校内にそういう場所があったらますます教室に行かなくなるのでは、教室にいる生徒との公平性はどうなると危惧するかも知れないが、30万人近くが長期欠席の不登校になっている事実を考えれば、その子ども達が社会とつながる場所を確保する必要があるといえる。

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「二度と起きてほしくないと思うこと」

<追い詰めた謝罪会>
教育委員会は大ウソつき。

いじめた人を守ってウソばかりつかせる…

生徒いじめ自殺の謝罪会で加害者側が被害者糾弾、認定された二次被害が先月埼玉であった。
昨年の9月、埼玉県立高校の1年生だった小松田辰乃輔くん(当時15歳)が遺書を残して川口市のマンションから飛び降りた。

小学6年生から始まったいじめに加え、学校の対応による「二次被害」が自殺を引き起こしたという。

その最たるものが、加害者による謝罪の場となるはずだった「謝罪会」で、加害者側から浴びせられる「人のせいにするな」「お前のせいだ」などの信じられない言葉。

母親は学校は何もしてくれなかったと訴え、学校の不十分な対応により、なんと「謝罪会」は逆に被害者を糾弾する場になってしまう。

<くるしいと何度も訴えていた>

学校に行くのがこわいと届かなかった辰乃輔くんの訴えに、くるしいくるしい…と書かれたノートがある。
辰乃輔くんは小学6年生の時に所属していた地元の野球チームや、中学1年生で所属していたサッカー部などで仲間外れにされる、物を壊されるなどのいじめを受け、少なくとも4回自殺未遂を繰り返す。

軽度の知的障害があった辰乃輔くんは、いじめの被害を主にノートに記して教師などに繰り返し訴えた。

ノートには、学校には行きたいがいじめられるのが怖い、という辰乃輔くんの複雑な思いが書かれていた。

その内容は「学校に行くのがこわい。」

「このきもちは、だれにも分からない。」

「ぼくの生きている意味はあるのかな?」
「くるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしい。」

<教師の不十分な対応>
しかし、ノートを受け取った教師らはノートそのものの信ぴょう性を疑い、十分な対応をすることはなかったという。

辰乃輔くんの母親の話す当時の学校側の対応内容は、

学校の先生たちは障害という部分を疑って、辰乃輔がそんなものを書けるわけないだろうとか、親が書いたんだろうと言われる。

本人の苦しさを学校側は受け止めてくれず、すごく遺憾でしかないですとコメントしている。
辰乃輔くんが残したノートは10冊以上にも上り、しかし、このメッセージを学校側が真剣に受け止めることはなかったのだ。

<学校による二次被害を認定>

辰乃輔くんが死亡してから4年、第三者の調査委員会による報告書がまとめられた。
自殺の主な原因とされたのがいじめといじめ申告後の二次被害だった。
つまり、いじめを訴えたがゆえに、さらに中傷にさらされたり、孤立を深めるという二次被害を深刻化させたと認定。

報告書は、学校側が十分な対応をしなかったために辰乃輔くんが非常に大きな精神的苦痛を受け、それが数年間にわたって継続したと指摘。

<謝罪会が被害者の紛糾の場に>

二次被害として認定された中のひとつ、学校が設定した謝罪会は、中学3年の6月、加害者側の父親と祖母、辰乃輔くんと母親が学校に集まった。

本来であれば、そこでは加害者側が謝るはずだった。
辰之輔くんはこの前の年の始業式の日、飛び降り自殺を図り、一時意識不明の状態になり、この4回目の自殺未遂以降、辰乃輔くんは車いすでの生活が続き、精神的にも追い詰められた状態が続いていたという。

しかし学校の謝罪会は逆に、加害者側がその自殺未遂を糾弾する場となってしまう。

<メンタルを完全に破壊された瞬間>

その時の生々しい音声が残されている。

加害者祖母「何を希望してるのよ」
辰乃輔くん「謝ってほしくて」
加害者祖母「ふざけるんじゃないよ、あんた」
加害者父親「はっきり言おうか、その足になったのは君が飛び降りたからだ」
加害者祖母「それを人のせいにするんじゃないよ」
辰乃輔くんは約1時間にわたり、加害者側に責められ、担任、教頭、別の教師の3人も、誰一人として制止しようとしなかったという。
耐えられなくなった辰乃輔くんは大声を上げた。そして、先生に連れられ、教室を後にする。

一時間以上に及ぶ「謝罪会」の音声は途中から加害者側が物を叩いて大きな音を鳴らし辰乃輔くんを委縮させるなど、想像以上に辰乃輔くんを責め立てていた。誰も止めないのか、聞いている取材者でさえ心苦しくなったという。

<生徒一人守れない屁理屈>

音声記録の加害者側の発言から察するに、学校から会の趣旨についてきちんと説明を受けておらず、自分の子どもがいじめの加害者だと納得せずに来ていたそうだ。
つまり、学校側は謝罪の場を作って当事者を引っ張り出すだけで「中立的な態度」を理由に辰乃輔くんが一方的に責められている状況を放置した。

これは、もう最悪な展開だろう。
学校としての責任を放棄して、当事者だけに解決を任せる、無責任な態度でしかなく、いじめについて加害者に納得してもらう努力もせずに安易に謝罪会を開いたことが悲劇に繋がったとしか思えない。

<どんなに辛かっただろうか計り知れない>

謝罪会以降、辰乃輔くんはその時の光景がフラッシュバックするようになり、夜も眠れなくなり、夜中に突然、家を飛び出そうとすることも多く、母親は辰乃輔くんと自分の足をひもで結んでまでして寝た。

そして辰乃輔くんは最後まで、謝罪会で味わった苦痛を次のようにノートで訴え、飛び降りた。

「また、いやな夢を見た、人のせいにするなと言われた夢を何度も何度もたくさん同じ夢を見る」
「くるしいくるしいくるしい」
当事者の仲裁のために学校で設定された「謝罪会」が逆に完全に辰乃輔くんを死に追いやる結果を招いた。

<まとめ>

そもそも軽度の知的障害があることを初めから軽視している、謝罪会で本人が加害者の親から面と向かって責められ、どんなに辛かったかと思うと胸が締め付けられる思いだ。

学校や教育委員会には辰乃輔くんのいじめにおける教訓を活かし、いじめを訴えた側がそれによりさらに責められるようなことが起きないよう、被害生徒に寄り添った対応をすると誓ってほしい。

残念ながら、いじめはどこでも起こりうることであり、今も何処かで多くの生徒が苦しんでいるのだ。

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「増加するグレーゾーン児童」

<悩みを抱える保護者>

ここ近年、診断名が付かず、発達障害の傾向持つ、いわゆる「グレーゾーン」児童が増加、保護者達も悩みを抱えているという。
発達障害の傾向がありながら、はっきりとした診断名がつかない「グレーゾーン」な子供の増加。

子供の教育方針に悩みを抱える保護者もおり、専門家は学校や地域が連携して支援する必要があると指摘している。

<あることがショックで自信を無くす>

福島県会津地方在住の女性(40)は、5年生の三男(10)が不登校で悩んでいる。

三男は小学校の通常学級に通っていたが、黒板の字をノートに書き写すことがうまく出来ず、授業中は落ち着きがなく、同級生とのコミュニケーションも苦手なところがあり、3年生の時、担任教師に「出来ないのはあなただけ」と注意されたことにショックを受け、自信を徐々になくしていった。

三男は4年生の夏「学校に行きたくない」と言い始め、それ以降は自宅で過ごす日々が続いている。

病院にも連れて行ったが、医師からは、発達障害の傾向があるグレーゾーンと言われ、診断名はつかなかったそうだ。

自宅ではタブレット端末を使用するなど、少しでも学習に取り組む環境を整えようとしたが、半年以上も学校生活を離れ、九九も忘れて、三男は今年、別の学校に転校し、障害の状況に応じて柔軟に対応できる特別支援学級に入ったが、不登校の状態は今も続いているという。

<年々増える相談者>

福島県立医科大では、開業医の紹介状を通じて、発達障害の疑いがある子供を診断している。

保護者からは「幼稚園や学校での集団生活でコミュニケーションを取ることが難しい」「落ち着きがない」「学習についていけない」などの相談が寄せられ、不登校や引きこもりのケースもある。

相談は年々増えており、同大の子どものこころ専門医、鈴木雄一医師は、発達障害の認知が進んだことに加え、コロナ禍によって家で過ごす時間が増え、見過ごされてきた障害に気付きやすくなったことが背景にあると説明している。

<グレーゾーンに定義無し>

グレーゾーンについては明確な定義はなく、同大では以下のケースを診断保留とし、経過を見ている。

1.発達障害の特性が生まれつきとは認められない。

2.特定の場所でしか特性が表れないなど基準を満たさないケース。

鈴木医師は、グレーゾーンの子供も社会生活で支援が必要な子として捉えるべきだとして、学校や地域が協力して支援する必要性を強調。

保護者が気軽に相談できる場所を増やすことも、子育てしやすい社会につながるとコメントしている。

<まとめ>

福島県内には、発達に問題を抱える子供の教育支援に力を入れている自治体もある。

郡山市では、特別支援学校教諭の免許を持つ特別支援教育アドバイザーが全小中学校を巡回し、発達に問題がある子供の支援について学校側にアドバイス

伊達市では昨年から、発達障害に詳しい大学教授を講師とした教職員向けの研修会を開き、障害を持つ子供の教育方法などを教え、同市教育委員会の担当者は、専門家からの意見などを踏まえて、子供一人ひとりが適切な学びを受けられる環境を整えたいとしている。

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「教師から見る子供の集団心理を考える」

<子供への特性について>
先ず、全ての子供に当てはまる適切な指導はない。
どんな指導法も一つの成功事例にとらわれず、子供の特性を見分けて柔軟に使い分ける必要がある。

<みんな仲良くの現実は>

実は、みんな仲良しを目指すからトラブルになる。

学校で、みんなが仲良しのクラスという目標は、担任として立てやすいだろう。

仲間外れになる子や一人ぼっちになる子がいなくて、みんなが仲良く活動できるクラスは理想的で、全ての学級がそうであってほしいと思うからだ。

ただ現実はそううまくいかず、年齢が上がるに連れ、子供達の自我が発達し、価値観が合う子、合わない子が顕著になってくる。

異性を意識するようにもなり、これはごく当たり前の成長で、特段気にする必要もない。

それでも、みんな仲良しクラスを目指す担任がいるとトラブルが起きてしまう。

<例えばこんな2つの事例>

1つ目→ケンカが絶えない子供同士でも仲直りさせようとすること。

お互い、相性が悪く、一緒にいるとトラブルになる2人がいたとしよう。

普段から距離を取らせておけばトラブルが防げるのに、みんな仲良しという目標があると、そうは行かなくなり問題が起こるたびに、教師は仲直りさせようと努力する。

そして当事者の二人も、振り回され、周りの子もストレスになる。

性格が合わないのは本人たちが良く分かっており、合わない人との適切な距離感を教える方が、クラス内の人間関係を良好に保つことに繋がる。

そもそも「1人でいること」は悪いことではない

2つ目→1人で過ごすのが悪いという空気が生まれること、そもそも1人でいることへ悪いことではない。

先生の、1人でいる子をなくそう、皆んな一緒に外で遊ぼうなどのキャンペーン活動はするべきでない。

正しくは、遊びの輪に入りたいけど、入れないで悩んでいる子に対する時で、1人でゆっくり過ごしたい子には迷惑。

1人で居ることはダメで皆んなと遊ぶのは良いという価値観が集団にできて、1人にならないように、グループ意識が強くなったり、1人で居る子がいじめの対象になったりする危険性が出てくる。

皆んなが仲良く過ごしている様子だけに囚われると失敗する、個々の子供が自分らしく過ごせる環境が最優先だろう。

<誰も傷つけないクラスが理想>

皆んな仲良しクラスが危ういとしたら、どの様なクラスを目指せば良いのか。

互いの存在を否定しない環境を目指すべきで、誰も傷つけないクラスが良い。

つまり、子供の人間関係を上手に整理しておくと学級作りが上手く行く。

気が合う、合わない、を良く理解し、ぶつかりそうな場合は適切な距離感を教え、皆んなで遊ぶのが好きな子、一人で過ごすのが好きな子、色々な価値観をもった人が居ると伝える。

トラブルが起こるたびに継続して指導や助言することで、人間関係の交通整理をする。

<まとめ>

揉め事が起きたら、先ず生徒から事情を聞く。

そして今後どうしたらトラブルを避けられるのかを一緒に考える。

その中で、相手との関わり方を助言する。

助言内容は、遊ぶグループを変えることや、授業以外ではあまり関わらないことを提案。

子供達が、お互いの特性を理解して、関わり方が分かれば、その後はみんなが自分らしく、傷つけ合うことなく、安心して過ごせる。

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互いの存在を否定しない環境は、いじめを防ぐことにも繋がり、皆んなを仲良しにしなくても、温かい雰囲気のクラスは作れる。

 

「騒音と煩音」

<朝のラジオ体操>

新しい朝が来た希望の朝が…

朝のラジオ体操は、果たして近所迷惑なのか、 専門家に聞いた、うるさいと感じる人の心理状況が奥深いという。
夏休みの間、ラジオ体操の爆音を何故、聴かなきゃいけないのか。

自宅のすぐ前の道路や、広場で、ラジオから流れる号令に合わせて体操する。

朝のラジオ体操は近所迷惑なのかという論争が、とある所であったという。

<容認派の声>

「別に1日中やっているわけでもないし…」

「夏の風物詩みたいなもの」

「そのくらい許してあげなよ」

 など、寛大な心理が現れている。

<反対派は>

「早朝から寝始める人のことを考えてほしい」

「別にみんなで集まってやる意味はない」

などの主張。

意見が真っ二つに分かれている。

<音への関心が今と昔に相違>

ラジオ体操は、特別珍しいわけではない。

これに対する苦情も同様だ。

ただ、昔と比べて音に対する考え方が変わってきている様だ。

騒音問題総合研究所の代表のSさんは騒音トラブルなどについて、平成に入ってから、近隣が出す音に対しての苦情件数が増えてきたという。

例えば、マンションなどでの上階から響く足音。

最近は、これ以外にも聞こえる音は、何でも苦情対象になっている様だ。

つまり、声と音と騒音の区別がない時代になってしまっている。

<騒音とは異なる煩音>

それが今回のラジオ体操にも当てはまるという。

昨今、除夜の鐘がうるさいから突くな、田んぼの持ち主にカエルの鳴き声がうるさいからどうにかしろというクレームが入ったりと、めちゃくちゃな道理を輩もいた。

Sさんは、こういった音は騒音ではなく煩音と呼び、音がさほど大きくなくても、自分の心理状態や相手との人間関係などで音を煩わしく感じてしまう音なのだという。

<不安定な社会や音に敏感な世代>

煩音が生まれた要因は色々あると言い、平成10年あたりから音に対する苦情件数は、5年間で2倍ほどのペースで増え、この時期からマンションなどの集合住宅での居住者が増えたことも重なり、そういった、音に対して敏感な住環境で育った、他人に対して厳しい世代が今の社会の中心になってきているからではないかと結論付けている。

又、現在の不安定な社会も影響しているという。

ラジオ体操などをうるさいと感じる人は、特定の個人に対してというよりも、自身の中にある不安や閉塞感が原因となっている、そんな心理が伺える。

<まとめ> 

このような騒音トラブルの解決法はあるのか…

社会から不安がなくなって、みんなが幸せを感じる以外ない。

可能な限り、隣近所との人間関係をうまく築き、フラストレーションをため込まない生活を目指すのが近道だろうと見解している。

みんなが笑顔で暮らせることを願う。

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「リスペクトしかない」

人生100年時代>

ある90歳の女性、マクドナルドで働いて23年。

日々のバス通勤と3時間半勤務が元気の源だという。
その方は、本田民子さん。
人生100年時代、生き甲斐を見つけて元気に生きている人も多く、熊本市中央区マクドナルド下通店で清掃スタッフとして働く本田民子さんもの一人、しかも90歳。

なんと、マクドナルドの女性クルーの中で最高齢だという。

本田さんいわく、マクドナルドで働いて23年、毎日が感謝の連続で、23年前、前の仕事を定年退職した頃で、そのとき67歳、また働きたいなと娘に言ったところ、マクドナルドがクルーを募集していることを教えてくれて、当初、熊本下通店は1999年12月にオープンしたてでしたが、自分が入ったのは翌年7月。

求人を見て電話で申し込んだところ、明日から来てくださいと言ってもらえ、ありがたいことにそれ以来働かせていただいているそうだ。

<定年制度のない環境>

マクドナルドのクルーには定年制度がなく、どの年代の男女も面接が可能な様で、23年前の採用以来、本田さんの役割は清掃クルーとして勤務している。

朝7時に出勤して10時半頃に退勤する働き方を週5日続けている。

同僚クルーからは「タミちゃん」と呼ばれ、店はアーケード街にあり、主に店外の掃除をしている。

コロナ以前はお店のホール内などすべて掃除していたそうだ。

他のクルーの方は当然自分より若く、店長とも孫くらいに年が離れている。

<日々の刺激が大切>

タミちゃんと呼んでもらったり、15歳のひ孫くらいのクルーもおり、皆とても優しく接してくれるという。そのお陰でこちらも気兼ねなく仕事と向き合えるそうだ。

「本田さんみたいに何歳になっても頑張っているので刺激を受ける」と言ってもらうことも多く、自分のほうこそ皆さんから日々刺激をいただいているという。

最近では、地元メディアに取り上げられる機会も増え、お客さんからの反応も増えたそうだ。

テレビを観た人達から「いつもきれいにしてくださりありがとうございます」といった声が掛かる機会も増え、ある70代の男性からは」僕も働きたいけれど、70代だから断られちゃう」「90歳で働けるなんてうらやましいよ」という声もあり、それを聞いて、まだ働きたい人と思う人はいると感じ、そのたびに会社にはありがたいなという思うそうだ。

<本田さんが思うある理由>
本田さんがずっと仕事と向き合うことには理由があるという。

以下コメント

「人が喜んでくださることに、生き甲斐を感じています。お客さんの喜んでくださる姿に毎日感謝の気持ちでいっぱいです。だからこそ私は、なるべく人に迷惑をかけないということをモットーにしています。この年ですから、転んでけがをしないように、病気にならないようにと気をつけています。通勤はバスに乗って、お店まで歩いて行っています。自分のことは自分でしたいんです。」

「若い人にはなるべくご迷惑にならないことを大切にしています。なぜなら、若い人たちも結婚して、子育てをして、自分の将来を安定させるために日々努力をしているはず。私も含めてどの世代も自分のために努力をしなければいけません。」
「もし私が、周囲に迷惑をかけるようになってしまったらやめるときかなと思います。私自身もその意識をもって仕事と向き合っていきたいですね」

<まとめ>

今後の目標は、「100歳まで」続けることだそうで、働くことが健康にも直結しているという本田さん。

長く社会の一員でいられることに喜びを感じていると語っている。

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