<ルッキズム>
ルッキズムとは、人を外見で判断すること。
例えば、顔に生まれつきアザのある人が「お化けだ」「気持ち悪い」などと差別され精神疾患になることもある。
す「ルッキズム」という言葉は昨今、よく耳にする言葉だという。
<ある男性の半生>
生まれつき顔のアザに悩んだ男性が語る半生の話。
生まれた時から、顔の半分に赤いアザがあり、自分のように顔に疾患や外傷のある人達を「ユニークフェイス」と名付け、当事者活動をしてきたライターのI氏は、生まれた時から、皮膚の表面から少し深いところ(真皮内)の細い血管が、過剰に増える、単純性血管腫、所謂、赤アザがあった。
御両親は戦前生まれだが、アザを見てもあまり驚かなかったという。
母親は7人兄妹の長女だそうで、たくさん生んで死ぬ子も出るような家庭で育っている為か、親族は子どもがたくさんいればそういう子も生まれるだろうと深刻には捉えなかったそうだ。
I氏の御両親は病院に受診させたものの、治らないと言われると名医を探すことはせず納得したという。
<いじめという苦難>
I氏がアザを気にするようになったのは、保育園以降、集団生活を送るようになった頃。
少年時代は、大人しくていつも本を読み、1人遊びをしていることが多かったという。
小〜中学校ではアザのことで冷やかされたりからかわれ「お化けだ」「気持ち悪い」といじめられる。
その顔何なんだと、自分の顔を見られた時、どうして良いか分からず立ち尽くす子が多かったという。当時は、自分自身も何かを言われても説明出来ず、それは病名を知らなかった為だそうだ。
<病名を知る切っ掛け>
本屋で闘病記や図鑑を読み病名を知る。
中学生に入ると、世の中のことも分かって来る。
アザをどうにかしたいと本屋で本を読み漁り、昭和50年頃には、ガンなどの闘病記も出始めた頃だった。
アザのある人の本はないかと探し、世界大百科事典を読み、自分の顔のアザが単純性血管腫と呼ばれるものだと知ることになる。
治せるなら治したいと思い、2〜3年経過。
SF小説をよく読んでいたI氏は、当時の日本は、技術は進歩する雰囲気があると思い、きっと治るんじゃないかと楽観的に考えていたという。
<形成外科を受信>
高校に入学すると、母親と名古屋大学付属病院の形成外科を受診する。
形成外科では、先天性または後天的に生じた身体組織の形態異常や欠損などに対し専門的な治療を行う外科系診療を行う。
後に、高校1年生で自分の意志で受診する当事者はあまりいないと知ることになる。
MRIやCTなどはない時代、医者の触診のみだった。主治医に治るよと言われても、証拠を見せてくださいと言って信用せずにいると医師はアザの治療をした男性の顔のビフォーアフターの写真を見せてくれた。
でもそれは、顔半分に皮膚移植をした、まるでフランケンシュタインのような顔をした術後写真だった。
左右非対称のその顔は治ったようには見えない…
<顔の形成手術はしないと決断>
術式は、アザの表面を切り取って胸や太ももなど柔らかいところの皮膚を縫い付けるという方法。
顔の皮膚というのは表情を作る筋肉の上に、柔らかい皮膚がのっており、医師の説明では、まともな顔になるには何年もかかり、皮膚の変色防止の為、紫外線に当たらない様に帽子を被って外出しなければならないことを聞かされ、絶望してしまう。
後に、ユニークフェイスの当事者活動をしていた時、親や医師に言われるがまま手術を受けた同世代の男性が石井氏に会いに来たが、その顔はやはり左右対称ではなく、顔半分が傷だらけだった。
血管種が無くなった跡が傷になっていた。
その男性は、I氏に何故治さなかったのかと聞いてきたが、I氏がワケを話すと、親と医師の説明を聞いて完全に治ると信じていたとショックを受けたという。
まるでオカルト映画に出てくるような傷だらけの顔。恋人もいないし結婚もしていない。
アザは完全に治るという誤解、I氏は20代で顔の形成手術はしないと、自分の人生を決め、自分の顔をどうするかは自分で決めたほうが良いと。
<本の出版とユニークフェイスの立ち上げ>
現代だと、時間をかけながらレーザーなどで治癒する人は増えている。
ただそれはアザの面積が狭く、浅い場合で、全員が完治するわけではないという。
皮膚には個性があり、治療後の皮膚に個人差がある。
I氏は1999年3月に、かもがわ出版から「顔面漂流記・ アザをもつジャーナリスト」を出版する。
日本では、外見の問題からくる差別や心の傷は無法地帯、誰もアザについて書いている人がいなかったのが出版の理由。
するとI氏宅には手紙が何百通も届き編集者は驚く。
その内容は、外見の問題で自殺した人の遺族やひどいやけどを負った人、生まれつき髪の毛がないなど、深刻なものが多く「一緒にお茶飲みくらいではすまねえな」と思ったI氏は、任意団体ユニークフェイスを立ち上げる。
<アザがあっても女性と交際していた>
I氏は、後に離婚するものの、再婚し、子どもが2人いる。
結婚前には、2桁の女性と付き合ったという。
顔の問題は「モテ」にも直結する部分があるが、こういう顔をしていると女のフィルターをかけやすいく、嫌悪感を持つ人は寄って来なかったという。
単純性血管腫の遺伝は確率的にほぼゼロだと断言。
<まとめ>
I氏が若い当事者たちに伝えたいこと。
現在はピアサポートや当事者会を開催。
顔のアザで差別を受け、精神疾患になっている人もおり、深刻な内容が多かったという。
若い世代の当事者は、1人孤独に考えている。
だけど、出来る範囲で良いから、顔と名前を出して、この問題を発信していって欲しい。
I氏は人生を旅だという。
人生、1回きり、志半ばで死ぬ人もいる、60歳までに「顔面バカ一代」の続編にあたる単行本を出版したいのと、死ぬまでに100人当事者の人生インタビューと寄稿文でまとめた「ユニークフェイス生活史」という書籍を出版したいと非常に前向きだった。
ルッキズムなんて、本当に無責任で愚かな行為だ。
どれだけ人を傷付けることか。
私は、とてもメンタルの強いI氏を賞賛せずにはいられない。